ご無沙汰しておりました。
さて、この数年で小生を取り巻く環境が大きく変わった為、来年度より新しいブログを作成する予定です。
ここでやり残した事を残り僅かな間で済ますつもりです。
ころからもよろしくおねがいしたします。
フェイス
2012年8月16日木曜日
『ダークナイト・ライジング』
@凡作
完成度(荒の少なさ)に関して言えば『ダークナイト』には劣っている上に、荒唐無稽でいちいち回りくどい物語展開、所謂どんでん返しの致命的な失敗。
どの点から見ても粗雑大量生産のジェットコースタームービーに成り下がっている。いや、クリストファー・ノーラン監督はむしろこの手のジェットコースタームービーを撮れない監督と見られていたのである意味で新境地という言葉も使える。
結果として三部作とも、テーマもタッチも異なる三部作となってしまった。
第一作『ビギンズ』では、SF要素を汲んだバットマンの誕生譚。
第二作『ダークナイト』では、SF要素は薄くなり犯罪映画としてのジョーカーの再構築。
第三作『ライジング』では……ただひたすら観客の裏をかくことばかりに集中したディザスタームービーだ。
言うまでもなく本作はアメコミの実写化だ。ディザスター=ヴィランのベイン。ジョーカーとは異なりバットマンを倒すために比較的最近に描かれた古今の悪役の最小公約数としての魅力はこの映画においても十分である。
ジョーカーの時と同様に、原作から大幅にデザインが変更され論争の的となったベインはWWEのステロイド使用の悪役レスラーのような原作のデザインからMMAのファイターのような潤滑剤としての適度な体脂肪も備える肉体をトム・ハーディーは肉体改造を経て演じた。
前作におけるジョーカーはピエロからロックスターに改変された為、ジョーカーにとってはとても重要なウザさとかキモさの要素が薄かったので「カッコいいけどちょっと違くない?」と筆者の脳内で素晴らしい悪役である一方でジョーカーと認められない葛藤で右往左往する事となる。
だが今回の改変はキャラクターを時代背景に合わせた英断だった。静止画でこそ似ても似つかないベインであったがフィルムの上では「実際にベインがいたらまさにコレだ」と納得できるほどの実写化を果たしている。
個人的には前作のジョーカーよりも好きだ。っていうか咄嗟のユーモアや部下の扱い、人質の使い方などジョーカー以上にジョークがキツイ。
以上の怪物ベインの引き起こす“バットマンを苦しめる為のゴッサム・シティ壊滅計画”は意味不明すぎて混迷の一途を極めることとなる。
結果として主人公のブルース・ウェイン=バットマンがストーリーからについて行けず置いてきぼりになっている。
その為、遅れから追いつくべく劇中で2度(観ようによっては3度)あるバットマンの復活がいずれもカラッと流されてしまっている。
ダークナイト・ライジング=立ち上がれ!バットマン!の意なんだけど、このカタルシスの無さはがっかりせざるを得ない。
“バットマンを苦しめる為のゴッサム・シティ壊滅計画”には『ダークナイト』でジョーカーに勝利したものの、警官権力を暴走させた“デント法”の為に格差が広がったゴッサム市民を暴徒に代えてバットマンを苦しめようともするのだが、
肝心の暴徒化する市民の描写が少なすぎる。むしろベイン率いる囚人部隊に怯えて引きこもっている描写の方が圧倒的に多いのでどうみてもベインの試みが失敗しているようにしか見えない。
“主人公を殺す為だけの暴走族連合”作った『スーパー・マグナム』でももっと暴徒化した市民の混乱を上手く描いてたぞ!
“バットマンを苦しめる為のゴッサム・シティ壊滅計画”は序盤のゴッサム爆発しろ(物理)は意味不明で唐突な場面が多いのだがなんだかんだで成功して勢いがあるので「ベインだからできたのかなー」と観客を騙せたんだけど、
ゴッサムのリア充爆発しろ(精神)の所で失敗されたもんだから「やっぱだめじゃんベイン」と、終盤の失速を許す事になってしまう。おまけに不要などんでん返し付きだった。
一方でアン・ハサウェイが演じたキャットウーマンは正ヒロインの役目を十分に果たした。『リターンズ』のミシェル・ファイファーのはSMの女王様とヤンデレが入っててキャラの立ちこそ凄まじかったが、この度は無事に健康的なお色気を振り撒くツンデレさんになっている。ジョーカーとかモルとかヤンデレ大好きなクリストファー・ノーランの前科を考えるとキャットウーマンマジ天使でした。ありがとございました。
ノーラン版バットマンシリーズの総評として文句言いたいのはバットマンが弱すぎるのである。
『ビギンズ』はまぁ誕生譚だから仕方ない。『ダークナイト』では不殺生ゆえにジョーカーに苦しめられるが最後はゴッサム・シティの市民と共に倒した。
『ライジング』ではゴッサム・シティが丸ごと人質に取られているので不殺生もあっさりと捨てているんだけど……バットマンって正統派ヒーローの志す不殺生とまた違っているんだよね。
基本、卑怯な手段で戦っている人だ。暴虐なギャングやマフィアを相手に悪魔の如き狡猾な頭脳で戦ってる。彼の不殺生は自らがギャングやマフィアと同じレベルに落ちない為の枷であり、ギャングやマフィアよりも頭が回るから実現できているんだよ。ギャングやマフィアと同じレベルに立たないから持つことができた悪魔の頭脳をもって戦うんだよ。
ノーランはそこをおざなりにしてしまい“不殺生のせいで無理している”ように描いている。
さっきも『スーパー・マグナム』のタイトルを出したけど、デス・ウィッシュシリーズは「殺すことで無理している」ポール・カージーが2作目のラストと3作目以降の妖怪弾幕ジジイと化して強くなったカタルシスがあったんだけど、
ノーランのバットマンは最後まで「不殺生のせいで無理している」ままだったのが納得出来ない。『ビギンズ』のラスト、『ダークナイト』のラストなどでは「不殺生でも頑張れる」ような希望のあるラストを毎回だしておいて、
『ライジング』において「不殺生さえ破れば実力はこんなもんだぜ(ドヤ)」ってのはほんとに「ノーランあんたバットマンの事本当はそんなに好きじゃないんじゃないの?」って話になる。
そもそも正体が頻繁にバレている。劇中で「怪しいと思っていた」「ああブルースの“お友達”ね」「あっそうか、ブルースぐらいの金持ちなら納得だ」とかそら引退を考えるわ!
一方で毎回批判されているアクションシーンだけど、おれはアリなんだよね。『仁義なき戦い』みたいな無茶苦茶なカメラワークとかシンプルなしばき合いとか撃ち合いとか、CGの無いころの雄臭いやり方が好きなんだよ。
カサンドラ獄中記の加藤ヨシキさんは本作を「マイケルベイがギャグでやる事を真面目にやっている」と評されたが、オレは逆で「マイケルベイがチャラチャラしている所を硬派一直線でやりぬいた」と評価したい。
マイケル・ベイは好きだけど、ノーランのやり方も好きなんです。
正味、バットマンとしては『バットマン・フォーエバー』と同じぐらい、SF要素としては『ゴジラVSキングギドラ』と同じぐらいドリトスと炭酸水の進む見てて楽しい映画でした。
・二回目鑑賞後(ネタバレにつき反転)
つーか、この映画ラーズ・アル・グールいらなくね?
原作どうりで「バットマンより優れた存在である事を証明する為」というマッチョイズム全開のベインの方が映画の荒少なくね?
つーかタリアいらなくね?
タリアのせいでこの映画、ノーランバットマン完結編というよりも「童貞こじらせたロリコンのマスク男が非リア主張する金持ちのクリスチャン・ベールをボコボコにする」という
ノーラン版『革命戦士 犬童貞男』じゃねーかよ!後半の失速具合まで完全実写化だよ!
本作のベイン先生とタリア嬢の経歴を並べるとこんな感じになっただよ!
ロリア「ママ~ママ~(涙)」
べイン「ボーイッシュ美少女キタコレ!俺の時代きたよこれ!ロリアちゃんはボクが守る!」
↓
ロルア「ベイン!ベイン!助けにきたよ!」
べイン「タリアちゃんまじ天使」
↓
ラーズ「ベイン君だったよねー、悪いけど娘に付きまとうのはやめてくんないかなー、娘はリア充イケメンの大金持ちを婿入りさせたいんだよー。時代はガン=カタですよガン=カタ」
ベイン「リア充爆発しろ!」
↓
ラーズ「私が爆発しました」
タリア「え?」
ベイン「え?」
↓
ベイン「こうなったらお父様とバットマンを超えてタリアちゃんとトゥルーエンド目指す」
↓
ビッチ「バットマンwwwベッドの上じゃマジアメリカンサイコwwwつーか体の相性マジガン=カタwww」
べイン「」
↓
ビッチ「ブルース……守れなかったゴッサムと市民と同じ炎で焼けしになさぁい。乳酸菌とってるぅ?つーかこれヤンデレ?マジオタクwwwウチきめぇwww」
ベイン「」
ビッチ「ベイン。得意のキモさでブルース逃げないように焼き入れといて。ばいばい」
↓
ベイン「バットマン爆発しろ!」※ベインが爆発しました
なんなんだよこいつは……
『スパイダーマン』のMJだってここまでビッチじゃねーよ!
かわいそうだろ!ベインかわいそうだろ!謝れよ!ベインに謝れよ!このビッチ!オレが指を一本ずつ圧し折ってやるからその間祈るように謝れよ!ビッチ!
トム・ハーディーにも謝れよ!ジョーカー以上のヴィランから犬童貞男にされたトムに謝れよ!ビッチ!
悪バレした時も明らかにメイク変わってるじゃねーかよ!ビッチ!
なんだよーなんなんだよービッチはなー童貞狩りをしてアヘ顔Wピース晒すから神ビッチなんでしょーがー
MJといいタリアといいそんなビッチはいらないよー
ジェイソンさーんフレディーさーんここでーすここにビッチがいーまーすー
ムカデ人間の真ん中にされちまえービッチー
2012年5月5日土曜日
学園黙示録 ハイスクール・オブ・ザ・デッドのDVDのオマケ
いつもあのテンションで頑張ったら『最低映画館』超えられるレベルのレビューサイトに変貌できるんだけどソレは無理だ。俺はド素人だ。学園黙示録級の駄作だからこそあんなレビューが書けた。
あのね、DVDが出た時にね特典ついてたらしいねん。知らんけど。
もう、ぶっちゃけると違法配信を流し観していたんですわ。その特典。
なんかね、舞台は島。漠然と島。
もうゾンビすら出てこないの。無様な奇乳を水着で丁重に隠していちゃいいちゃして終了の15分コース。
これさー『ゾンビ99』だよね。『ゾンビ99』だよね?
21世紀に入ってイタリアンゾンビ物以下の超絶駄作の特典映像が『ゾンビ99』の無承諾リメイクとかなんですか?斜め上過ぎますよ?
なめてんの?
萌えろと?
これでヌケと?
死ぬがよい?
死ぬがよいですか?
こんなもんもうアレだ、『淫妖蟲』のキャラじゃねーと耐えられないよ、学園黙示録見ながら「駄作!駄作でイクーーー!ひぎぃぃぃ!んほぉぉぉ!びょぉぉぉ!」とかアヘ顔で母乳出すわウジ虫産むわ子宮出すわ好き勝手絶頂して―ワタシの視界は暗転した―
いよいよもって柿ノ本歌麿の輪姦漫画に「学園黙示録を見せる」という責めが拝めますよ。
氏賀Y太は洒落にならないと判断してやらない。
そんでコミケには「学園黙示録をアスカに見せる」という情け容赦ない薄い本が惣流版と式波版で出まわりますよドSはアスカ大好きだから。「アスカ物理的に爆発しろ」だから。
いうなれば『鬼畜王ランス』でメナドたんが輪姦されて頭かち割られ惨殺されるテキストでヌクというレベルのサディスト野郎の責具が学園黙示録なのです。
もし貴方の彼氏彼女が学園黙示録を勧めてきたらもうマトモなSEXでは満足できない身体にされてしまうのです。別れることをおすすめします。
むしろ駄作なので観ること自体が悪魔の実験と称される『ギニーピッグ 悪魔の実験』の特別完全版みたいなのが出たら
「殴」「蹴」「抓」「回」「音」「剥」「焼」「虫」「学園黙示録を見せる」「刺」
で、ラストの眼球串刺しは学園黙示録をみた不細工が「もう耐えられない目を潰して!」って発狂したから串刺しにしたという悲しい悲しいエピソードが発覚するのだ。
セガールとチャック・ノリスすら「トゲトゲのチンピラナイフを装備しない」「学園黙示録を見ない」の二つを守って最強を維持してるのですわ。
ドルフ・ラングレンの来日の真の理由は学園黙示録に挑戦する為だったのでしょう。しかし極真会館の一同が全力で止めたという感動のエピソードがあるにちがいない。
ええ、こんな学園黙示録よりオモロないのは第一作と第二作をむりやりくっつけた伝説の金曜ロードショー編集版『トワイライト』ぐらいのもんですわ。それでもやや劣るというレベル。
次に西成区で暴動が起こるのは『朝のこども劇場』で学園黙示録が再放送された時。
ウィキペディアに第25次西成暴動―――日雇い労働者が見た朝のアニメのつまらなさを発端とする暴動 とか書かれればいい
というか平野耕太先生はさっさと『進め!聖学電脳研究部』の寺門兄弟が学園黙示録の世界で無双してガーゴイルとかムスカとかなりたいようになればいい。
2012年4月3日火曜日
【二次創作】バイオハザード:レクイエム・フォー・タイラント -Resident Evil : The Last One-
1
2002年4月20日 シカゴーーー某金融機関VIPルーム
スクリーンには青い目出しの頭巾を被った、男とも女とも判別しがたい背格好のスーツ姿の人間が政治家の演説台に似せた舞台でおしゃべりを始める様がプロジェクターから投影されていた。
映像は、2001年3月2日にインターネット配信された、あるテロリストの犯行声明である。
『聴衆諸君、私は同胞たちからはジェネラルと呼ばれている。事実、反アンブレラ主義者支援団体エンパイアーズの将軍職として実働部隊の指揮を執り行っている』
まるで軍歌を歌っているかのような勇ましい男性の声だが、変声期の可能性もある。画面はヘリコプターからの空撮映像へと切り替わった。惨劇の舞台。ベルリンの上空から。
『本日2001年3月2日、ベルリン裁判所へと護送されていたアンブレラヨーロッパ支部の営業所の広報部長……裏の顔は中東へのBOWの密売調定人、ヴォイジャー・ハインバルを拉致したのは我々だ』
覆面の怪人のナレーションをバックに、AK47で武装した総勢100人近いテロリストが明らかにアンブレラとは無関係の市民を虐殺してまわり、元アンブレラ社の幹部を護送トラックから引きずり出す一部始終がこの映像には収められている。
上空から映し出される市民への容赦無い銃撃は酸鼻極まるものであり、中でも画面の右端で胸ポケットに爆発物をねじ込まれた少年が逃げまわった末に路上で粉微塵になる場面からみても明らかにテロリストは殺戮を楽しんでいる有様であった。
『無関係の人間が大勢死んだと思うか?いいや、違う。我々の目的はそう、アンブレラの武力による“虐殺を経て”の廃滅なのだから』
「手こずった為に云々」「大義の為に云々」「正義を成す云々」などテロリスト社会特有の社交辞令的文面は無く、覆面の怪人はこの恐怖のビデオレターにて、単刀直入に虐殺を認めた。
次に覆面の怪人は懐から円柱形の錠剤の入れ物を取り出した。一見なんの変哲もない。が、ラベルには禍々しい傘のマークがあった。
『このアスピリン、アンブレラの製品だ。痛みを抑えるための薬。人類が、他人の痛みにも自分自身の痛みにも無頓着になりすぎた結果がラクーンシティーの悲劇だ!』
巨大製薬会社の暴走を見逃した人々の欺瞞をこの映像が初めて嘲笑った。
『此度、我々の戦果となったドイツ市民も聴衆諸君もラクーンシティーの悲劇までアンブレラの製品を購入し加担していた消費者だ。聴衆諸君の動かす世界はアンブレラを法の裁きにて処刑することを正義として、我々の行いはテロルとして処刑と見なさ無いのだろう?だが、違う、我々エンパイアーズは違うのだ。聴衆諸君……アンブレラに親や子を、愛する者をゾンビに変えられゾンビに喰われ、BOWに引き裂かれた故に咽び泣いた遺族たちの叫びに耳を貸さなかった聴衆諸君よ。貴様らが正義なら、我々は悪だ。アンブレラと同じ悪で、ある。そう今こそ悪には悪の鉄槌を!悪には悪の救済を!』
スクリーンは暗転した映像を暫く拾っていたが、間もなく「ビデオ信号がありません」と青い画面が投影された。
「……『GIジョー』のコブラコマンダーかよ。アンブレラどものギークセンスを笑えねぇな」暗室で男がスクリーンの中にいた覆面の怪人に対して履いて捨てるように言った。
プロジェクターを観ていたのは私立探偵のアーク・トンプソン。かつてアンブレラの企業城下町となっていたシーナ島で発生した人々をゾンビに変貌させてしまうTウィルスの汚染によるバイオハザードから生還した男だ。
彼はこの銀行のVIPルームでアメリカ大統領直属のエージェント、レオン・S・ケネディの招致により彼と密会を行なっていた。
レオンもラクーンシティーでアンブレラがシーナ島に先立って引き起こしたTウィルスによるバイオハザードの生存者である。
この二人は元々旧知の間柄であったがシーナ島の事件以来、直接会うのは4年ぶりである。
「エンパイアーズを名乗る反アンブレラを掲げるテロリスト、1999年末から活動を開始、2001年にインターネットでその存在を公言した」
「いまさらこんな物をみせてどうするんだ?俺の家にだってインターネットはつながる」
「実は、いま見てもらったのはインターネットに流れているものと違う。もぬけの殻だったエンパイアーズのアジトに運良く残されていた原版だ」
レオンはもう一度プロジェクターを再生した。
「もう一度ここを見てくれ。ジェネラルの後ろに一人、大男が控えているだろう?」
画面左奥にはトレンチコートらしいものを身につけた男の姿があった。暗がりでよく見えないが、周囲の物と比較するに身長は2mを超えている。
「こいつはよく覚えている……と、いうよりも忘れられん。T-103……通称、」
「量産型タイラント。かつてラクーンシティー、そして君が戦ったシーナ島で量産された生物兵器。アンブレラが実戦投入を果たした史上初のBOWだ。」
「2000年には全滅したがな。なにより、運用効率と製造リスクの点からハンターにとって変わられた。まさか生き残りがいたとは」
「タイラントだけではない」
レオンはトンプソンに一枚の写真を渡した。
写真に写っていたのは、皮膚病らしき腐食で全身の皮膚が穴だらけで筋繊維が露出し、頭蓋骨の隙間と眼孔から肥大した脳みそがはみ出し、棘の付いた棍棒のようになった肉塊のような四肢を持つ元は人間だったと思われるグロテスクな奇形体の死骸であった。
「リッカー?……になりかけだった元人間か?」
「そうなのだが、こいつはもともと、Tウィルスに感染したゾンビの成れの果てだ。ところがこの個体を発見した地域ではTウィルスの汚染は確認されなかった。この個体を調べたところ、2001年から行方不明になっていた元アンブレラ協力会社の清掃員のDNAと一致した」
「つまり人造のリッカー」
「その他にも人為的に蜘蛛やネズミ、爬虫類にTウイルスを投与してそれらのリッカーのような変異体製造の実験を行なっている形跡がアジト跡に残されていた資料で分かった。どうやら連中にはアンブレラのような複雑な遺伝子操作技術が無い代わりにTウィルスだけでBOWを作ろうとしている」
「まさか、あいつらは、アンブレラのTウィルスとBOWでアンブレラを討つと考えているのか?」
「テロリストによるバイオハザード。絶対に防がねばならない。たとえ標的があの死の商人であったとしてもだ」
ここでレオンが本題に入る。
「君への依頼は、現在このシカゴに潜伏していると思われるエンパイアーズの事実上の最高権力者“ジェネラル”の所在とエンパイアーズの人体実験場を発見することだ」
「なぁ、レオンよ。この件で脅威にさらされているのはアンブレラだけではない。テロリストどものアジトの環境でも容易に製造できるBOW、培養の水槽も要らない。檻だけで飼えるようなものが完成すれば、AKライフルや地雷のように世界中に分布してしまう……これも阻止しなければならない重大任務に民間である俺を雇う理由は?」
「公的機関の人間はアンブレラ派地下組織の持つブラックリストに入っている可能性がある。このリストが既にエンパイアーズの手にも渡っている。斥候として役に立たない。何よりも君が俺にとって一番信頼に足りる人格と実力を併せ持った人の一人だからだ。俺の数少ない友人であるし、何の援助もなくバイオハーザード発生地域から子供を二人もつれて脱出した実績を持つ人間は残念ながら君しかいない」
「つまり俺は斥候に徹すれば良い訳だな。何か解れば君に逐一報告する。だが、かつてのアンブレラのような巨大企業なら入り込める隙はあるが、相手はテロリストだ裏と表の隙間がない。期待ハズレにならなきゃいいが」
「君の腕は信用しているが後二人、既にこの街で調査を開始している。それぞれがそれぞれの方法でだ」
トンプソンには「探偵」のコードネームが、既にシカゴを調査中の二人は「バイカー」と「郵便屋」のコードネームが与えられていた。
3人での会合は基本禁止とし、後日レオンの指示で別々に顔合わせをするという手はずとなっている。
この3人は調査情報のやり取りを禁止されており、3人の情報はレオンの所属するホワイトハウスの司令部に統括される。
司令部は3人それぞれに必要かつ提供しても良い範囲の情報とその後の活動指針を電子メールで配信する。
これは、3者それぞれ独自の捜索による成果を期待する故の、独自性を保つための配慮であると同時に、3人で固まった方針で動けばエンパイアーズに動きを感づかれる危険性を回避するためである。
最初の顔合わせは有事の際の保険であるとレオンは説明した。
わざわざ3人を分け隔てる事を徹底している点に「ホワイトハウスの陰謀」らしいものを感じたトンプソンだったが、深入りは無用と詳しく追求することはなかった。
「俺達が、ジェネラルと実験施設を発見した後の守備は?」
「お俺の所属しているような合衆国政府とは違う“別の組織”が制圧に取り掛かる。当然、その詳細は明かせない」
「報酬は?」
「前金で5万ドル。成功報酬についてはジェネラルとエンパイアーズの施設制圧後、協議の後に配当する」
「……引き受けた」
トンプソンの返事にレオンは決意を新たに、最新型のブラックベリーをトンプソンに手渡した。
シカゴでの調査期間中、ホワイトハウス司令部と通信ができる特別の端末である一方で、ホワイトハウスと常に何らかの通信を行う“監視役”でもある。
「君は引き受けると信じていた。もう既にシーナ島の時と同じ口座に振り込んである。この後ロビーのATMで調べてみるがいい」
トンプソンはレオンに別れを告げ、地下のVIPルームを去ると、1階のATMから早速2000ドルを引き出してシカゴの街へと繰り出した。
2002年4月20日 シカゴーーー某金融機関VIPルーム
スクリーンには青い目出しの頭巾を被った、男とも女とも判別しがたい背格好のスーツ姿の人間が政治家の演説台に似せた舞台でおしゃべりを始める様がプロジェクターから投影されていた。
映像は、2001年3月2日にインターネット配信された、あるテロリストの犯行声明である。
『聴衆諸君、私は同胞たちからはジェネラルと呼ばれている。事実、反アンブレラ主義者支援団体エンパイアーズの将軍職として実働部隊の指揮を執り行っている』
まるで軍歌を歌っているかのような勇ましい男性の声だが、変声期の可能性もある。画面はヘリコプターからの空撮映像へと切り替わった。惨劇の舞台。ベルリンの上空から。
『本日2001年3月2日、ベルリン裁判所へと護送されていたアンブレラヨーロッパ支部の営業所の広報部長……裏の顔は中東へのBOWの密売調定人、ヴォイジャー・ハインバルを拉致したのは我々だ』
覆面の怪人のナレーションをバックに、AK47で武装した総勢100人近いテロリストが明らかにアンブレラとは無関係の市民を虐殺してまわり、元アンブレラ社の幹部を護送トラックから引きずり出す一部始終がこの映像には収められている。
上空から映し出される市民への容赦無い銃撃は酸鼻極まるものであり、中でも画面の右端で胸ポケットに爆発物をねじ込まれた少年が逃げまわった末に路上で粉微塵になる場面からみても明らかにテロリストは殺戮を楽しんでいる有様であった。
『無関係の人間が大勢死んだと思うか?いいや、違う。我々の目的はそう、アンブレラの武力による“虐殺を経て”の廃滅なのだから』
「手こずった為に云々」「大義の為に云々」「正義を成す云々」などテロリスト社会特有の社交辞令的文面は無く、覆面の怪人はこの恐怖のビデオレターにて、単刀直入に虐殺を認めた。
次に覆面の怪人は懐から円柱形の錠剤の入れ物を取り出した。一見なんの変哲もない。が、ラベルには禍々しい傘のマークがあった。
『このアスピリン、アンブレラの製品だ。痛みを抑えるための薬。人類が、他人の痛みにも自分自身の痛みにも無頓着になりすぎた結果がラクーンシティーの悲劇だ!』
巨大製薬会社の暴走を見逃した人々の欺瞞をこの映像が初めて嘲笑った。
『此度、我々の戦果となったドイツ市民も聴衆諸君もラクーンシティーの悲劇までアンブレラの製品を購入し加担していた消費者だ。聴衆諸君の動かす世界はアンブレラを法の裁きにて処刑することを正義として、我々の行いはテロルとして処刑と見なさ無いのだろう?だが、違う、我々エンパイアーズは違うのだ。聴衆諸君……アンブレラに親や子を、愛する者をゾンビに変えられゾンビに喰われ、BOWに引き裂かれた故に咽び泣いた遺族たちの叫びに耳を貸さなかった聴衆諸君よ。貴様らが正義なら、我々は悪だ。アンブレラと同じ悪で、ある。そう今こそ悪には悪の鉄槌を!悪には悪の救済を!』
スクリーンは暗転した映像を暫く拾っていたが、間もなく「ビデオ信号がありません」と青い画面が投影された。
「……『GIジョー』のコブラコマンダーかよ。アンブレラどものギークセンスを笑えねぇな」暗室で男がスクリーンの中にいた覆面の怪人に対して履いて捨てるように言った。
プロジェクターを観ていたのは私立探偵のアーク・トンプソン。かつてアンブレラの企業城下町となっていたシーナ島で発生した人々をゾンビに変貌させてしまうTウィルスの汚染によるバイオハザードから生還した男だ。
彼はこの銀行のVIPルームでアメリカ大統領直属のエージェント、レオン・S・ケネディの招致により彼と密会を行なっていた。
レオンもラクーンシティーでアンブレラがシーナ島に先立って引き起こしたTウィルスによるバイオハザードの生存者である。
この二人は元々旧知の間柄であったがシーナ島の事件以来、直接会うのは4年ぶりである。
「エンパイアーズを名乗る反アンブレラを掲げるテロリスト、1999年末から活動を開始、2001年にインターネットでその存在を公言した」
「いまさらこんな物をみせてどうするんだ?俺の家にだってインターネットはつながる」
「実は、いま見てもらったのはインターネットに流れているものと違う。もぬけの殻だったエンパイアーズのアジトに運良く残されていた原版だ」
レオンはもう一度プロジェクターを再生した。
「もう一度ここを見てくれ。ジェネラルの後ろに一人、大男が控えているだろう?」
画面左奥にはトレンチコートらしいものを身につけた男の姿があった。暗がりでよく見えないが、周囲の物と比較するに身長は2mを超えている。
「こいつはよく覚えている……と、いうよりも忘れられん。T-103……通称、」
「量産型タイラント。かつてラクーンシティー、そして君が戦ったシーナ島で量産された生物兵器。アンブレラが実戦投入を果たした史上初のBOWだ。」
「2000年には全滅したがな。なにより、運用効率と製造リスクの点からハンターにとって変わられた。まさか生き残りがいたとは」
「タイラントだけではない」
レオンはトンプソンに一枚の写真を渡した。
写真に写っていたのは、皮膚病らしき腐食で全身の皮膚が穴だらけで筋繊維が露出し、頭蓋骨の隙間と眼孔から肥大した脳みそがはみ出し、棘の付いた棍棒のようになった肉塊のような四肢を持つ元は人間だったと思われるグロテスクな奇形体の死骸であった。
「リッカー?……になりかけだった元人間か?」
「そうなのだが、こいつはもともと、Tウィルスに感染したゾンビの成れの果てだ。ところがこの個体を発見した地域ではTウィルスの汚染は確認されなかった。この個体を調べたところ、2001年から行方不明になっていた元アンブレラ協力会社の清掃員のDNAと一致した」
「つまり人造のリッカー」
「その他にも人為的に蜘蛛やネズミ、爬虫類にTウイルスを投与してそれらのリッカーのような変異体製造の実験を行なっている形跡がアジト跡に残されていた資料で分かった。どうやら連中にはアンブレラのような複雑な遺伝子操作技術が無い代わりにTウィルスだけでBOWを作ろうとしている」
「まさか、あいつらは、アンブレラのTウィルスとBOWでアンブレラを討つと考えているのか?」
「テロリストによるバイオハザード。絶対に防がねばならない。たとえ標的があの死の商人であったとしてもだ」
ここでレオンが本題に入る。
「君への依頼は、現在このシカゴに潜伏していると思われるエンパイアーズの事実上の最高権力者“ジェネラル”の所在とエンパイアーズの人体実験場を発見することだ」
「なぁ、レオンよ。この件で脅威にさらされているのはアンブレラだけではない。テロリストどものアジトの環境でも容易に製造できるBOW、培養の水槽も要らない。檻だけで飼えるようなものが完成すれば、AKライフルや地雷のように世界中に分布してしまう……これも阻止しなければならない重大任務に民間である俺を雇う理由は?」
「公的機関の人間はアンブレラ派地下組織の持つブラックリストに入っている可能性がある。このリストが既にエンパイアーズの手にも渡っている。斥候として役に立たない。何よりも君が俺にとって一番信頼に足りる人格と実力を併せ持った人の一人だからだ。俺の数少ない友人であるし、何の援助もなくバイオハーザード発生地域から子供を二人もつれて脱出した実績を持つ人間は残念ながら君しかいない」
「つまり俺は斥候に徹すれば良い訳だな。何か解れば君に逐一報告する。だが、かつてのアンブレラのような巨大企業なら入り込める隙はあるが、相手はテロリストだ裏と表の隙間がない。期待ハズレにならなきゃいいが」
「君の腕は信用しているが後二人、既にこの街で調査を開始している。それぞれがそれぞれの方法でだ」
トンプソンには「探偵」のコードネームが、既にシカゴを調査中の二人は「バイカー」と「郵便屋」のコードネームが与えられていた。
3人での会合は基本禁止とし、後日レオンの指示で別々に顔合わせをするという手はずとなっている。
この3人は調査情報のやり取りを禁止されており、3人の情報はレオンの所属するホワイトハウスの司令部に統括される。
司令部は3人それぞれに必要かつ提供しても良い範囲の情報とその後の活動指針を電子メールで配信する。
これは、3者それぞれ独自の捜索による成果を期待する故の、独自性を保つための配慮であると同時に、3人で固まった方針で動けばエンパイアーズに動きを感づかれる危険性を回避するためである。
最初の顔合わせは有事の際の保険であるとレオンは説明した。
わざわざ3人を分け隔てる事を徹底している点に「ホワイトハウスの陰謀」らしいものを感じたトンプソンだったが、深入りは無用と詳しく追求することはなかった。
「俺達が、ジェネラルと実験施設を発見した後の守備は?」
「お俺の所属しているような合衆国政府とは違う“別の組織”が制圧に取り掛かる。当然、その詳細は明かせない」
「報酬は?」
「前金で5万ドル。成功報酬についてはジェネラルとエンパイアーズの施設制圧後、協議の後に配当する」
「……引き受けた」
トンプソンの返事にレオンは決意を新たに、最新型のブラックベリーをトンプソンに手渡した。
シカゴでの調査期間中、ホワイトハウス司令部と通信ができる特別の端末である一方で、ホワイトハウスと常に何らかの通信を行う“監視役”でもある。
「君は引き受けると信じていた。もう既にシーナ島の時と同じ口座に振り込んである。この後ロビーのATMで調べてみるがいい」
トンプソンはレオンに別れを告げ、地下のVIPルームを去ると、1階のATMから早速2000ドルを引き出してシカゴの街へと繰り出した。
2012年3月20日火曜日
【二次創作】バイオハザード:レクイエム・フォー・タイラント -Resident Evil : The Last One-
序
2000年12月31日 ニューヨーク
エンド・オブ・センチュリー・パレードの歓声の中に、かき消された女の悲鳴があった。
「やめて!私はもうアンブレラと手を切ったのよ!」
メインストリートの裏手からさらに入り込んだ改築中の雑居ビルの屋上で、女は分厚い緑のロングコートを羽織った大男に首を掴まれていた。大男は左手一本で屋上の防水塗料の盛られて間もないベタベタとした床から女の体を浮かせていた。
この大男はスキンヘッドに石像のような灰色の肌をもち、瞳のない淀んだ白い目を女に向けている。
大男のそばには、目出しの青い頭巾を被った黒いスーツ姿の小柄な人影があった。
「切る、か」
この一声の後に、大男は右腕で女の左の手首を掴み、すぐさま左腕を女の左肩へと移した。
大男は、華奢のな女の左腕を雑巾を絞るようにねじり始めた。
力任せの無造作に。しかし、ゆっくりと。
ミリミリ、バキバキ、ぶちぶち、と等間隔で皮が、骨が、筋繊維が、神経がねじ切れず腕の組織に絡み合ったまま、完全に生きたままの状態を保って腕全体が螺旋を描けど歪になり爆ぜていった。
腕じゅうから溢れでた激痛が彼女の全身を支配した、この時、激痛だけが彼女の世界の全てとなっていた。華奢な体から発せられる獣の呪いを込めるような断末魔に似た悲鳴も、遠い遠い彼女の世界には届かない。
ちょうど、最初に外れた肘関節が裂けると、大量の血液がはち切れて女の着ていた白のダウンジャケットを内側から赤く染めていった。
溢れでた血は、ジャケットを表まで染める前に、袖の内側から、ちょうど腋のあたりから溢れ出ると、床の乾ききってない防水塗料と混ざっていった。
グレーの塗料に赤い血が滲む床、そこへと覆面の人影が寄ってきた。
「切るとは、関心できんな。肉を潰し骨を砕いて末端神経にアテンションせぬば痛みには遠い。まして末端神経を切り落とすとは。貴様らは痛みを避けすぎている」
覆面の人影はバタフライナイフを振り出すと、ダウンジャケットとセーターとシャツの左の袖を、大男が握ったままの状態で器用にも切り裂き、滅茶苦茶にされた女の腕を剥き出しにした。
自分の腕のグロテスク極まりない有様をみて女は悲鳴で潰した自分の声で「いやだ、いやだ」とわめきちらす。
白人女性の腕は既に赤色と茶色と紫色の混沌とした世界に侵略しつくされていた。否、侵略すら生ぬるい蹂躙という言葉がふさわしい光景(ありさま)だった。
大男に強く握られた、手首から指先までが陶磁のような美しい白い肌を保っていた。
大男は女の腕に潰れていない場所が無いことを確認するように眺めた後、女の砕けた肩を掴んでいた左手を、女の左足へと移し、右手を離して女を逆さ吊りに持ち上げた。
「た、助けて!助け……て!」
一連の顛末で出し尽くされた悲鳴も、このか細い壊れた声も100年祭の乱痴気騒ぎの歓声の中では霞んで消えていた。
「助けて……そう、これは救済だ。痛みを忘れたお前らは、苦痛の中で死ぬことが幸い」
大男は女の体をムチのように振り回し床に叩きつけた。すぐには死なないように加減して。大男の右に、左に、何度となく女性の体をムチのように叩きつけた。
やがて全身の骨が砕け、遂には頭蓋骨が陥没した。だが彼女には息があった。大男は女の体の同じ箇所をなるべく打ち付けないように工夫していた為である。全身に痛みをしかし、一点だけ例外となっていた箇所があった。
横たわる彼女をムチのように振るおうとした時、彼女の体が膝から抜け落ちた。
大男は、空振りした女の左足を床に捨てると、カタワになった女の髪の毛を掴み上げる。右の目玉がぶら下がり、左の目玉は既にどこかに飛んで無くなっていた彼女が、多分次の一撃でもう動かないと大男は悟る。
すると大男は脇道に見える改築作業時の廃棄物を捨てるバケットへと、まるで壊れたおもちゃを捨てるように虫の息となった女を屋上から放り投げた。
朦朧する意思故に気絶する頃すら許されず落下した彼女は、バケットの中でそそり立っていた古い下水管に下腹部を貫かれて遂に死を許された。
巨漢が獲物の息の根を止めるて間もなく上空からヘリコプターが現れると、大男と覆面の人の立つ屋上に向けて縄梯子が下ろされた。
二人がてきぱきと慣れた身のこなしで揺れる縄梯子を登ると、そそくさとヘリは惨殺現場から離れていった。
ヘリコプターの後部座席で、覆面から覗く瞳と大男の白い目が、数十秒後に世界が変わる信じている大衆に憎悪の炎を注いでいた。
間もなく打ち上げられた花火からは「Welcome to 21st Century」の文字。街の灯りで照らされてる夜空の上でより一層きらびやかに花火は輝いた。
街から離れていくヘリコプターの中は花火の光により一層、影が強くなった。その影の中から、暗黒の決意が放たれた。
「21世紀から人間どもは痛みを思い出すことができる。俺と、俺に付き従う痛みを思い出そうと、牙を研ぎなおした獣ども……“エンパイアーズ”によって」
2000年12月31日 ニューヨーク
エンド・オブ・センチュリー・パレードの歓声の中に、かき消された女の悲鳴があった。
「やめて!私はもうアンブレラと手を切ったのよ!」
メインストリートの裏手からさらに入り込んだ改築中の雑居ビルの屋上で、女は分厚い緑のロングコートを羽織った大男に首を掴まれていた。大男は左手一本で屋上の防水塗料の盛られて間もないベタベタとした床から女の体を浮かせていた。
この大男はスキンヘッドに石像のような灰色の肌をもち、瞳のない淀んだ白い目を女に向けている。
大男のそばには、目出しの青い頭巾を被った黒いスーツ姿の小柄な人影があった。
「切る、か」
この一声の後に、大男は右腕で女の左の手首を掴み、すぐさま左腕を女の左肩へと移した。
大男は、華奢のな女の左腕を雑巾を絞るようにねじり始めた。
力任せの無造作に。しかし、ゆっくりと。
ミリミリ、バキバキ、ぶちぶち、と等間隔で皮が、骨が、筋繊維が、神経がねじ切れず腕の組織に絡み合ったまま、完全に生きたままの状態を保って腕全体が螺旋を描けど歪になり爆ぜていった。
腕じゅうから溢れでた激痛が彼女の全身を支配した、この時、激痛だけが彼女の世界の全てとなっていた。華奢な体から発せられる獣の呪いを込めるような断末魔に似た悲鳴も、遠い遠い彼女の世界には届かない。
ちょうど、最初に外れた肘関節が裂けると、大量の血液がはち切れて女の着ていた白のダウンジャケットを内側から赤く染めていった。
溢れでた血は、ジャケットを表まで染める前に、袖の内側から、ちょうど腋のあたりから溢れ出ると、床の乾ききってない防水塗料と混ざっていった。
グレーの塗料に赤い血が滲む床、そこへと覆面の人影が寄ってきた。
「切るとは、関心できんな。肉を潰し骨を砕いて末端神経にアテンションせぬば痛みには遠い。まして末端神経を切り落とすとは。貴様らは痛みを避けすぎている」
覆面の人影はバタフライナイフを振り出すと、ダウンジャケットとセーターとシャツの左の袖を、大男が握ったままの状態で器用にも切り裂き、滅茶苦茶にされた女の腕を剥き出しにした。
自分の腕のグロテスク極まりない有様をみて女は悲鳴で潰した自分の声で「いやだ、いやだ」とわめきちらす。
白人女性の腕は既に赤色と茶色と紫色の混沌とした世界に侵略しつくされていた。否、侵略すら生ぬるい蹂躙という言葉がふさわしい光景(ありさま)だった。
大男に強く握られた、手首から指先までが陶磁のような美しい白い肌を保っていた。
大男は女の腕に潰れていない場所が無いことを確認するように眺めた後、女の砕けた肩を掴んでいた左手を、女の左足へと移し、右手を離して女を逆さ吊りに持ち上げた。
「た、助けて!助け……て!」
一連の顛末で出し尽くされた悲鳴も、このか細い壊れた声も100年祭の乱痴気騒ぎの歓声の中では霞んで消えていた。
「助けて……そう、これは救済だ。痛みを忘れたお前らは、苦痛の中で死ぬことが幸い」
大男は女の体をムチのように振り回し床に叩きつけた。すぐには死なないように加減して。大男の右に、左に、何度となく女性の体をムチのように叩きつけた。
やがて全身の骨が砕け、遂には頭蓋骨が陥没した。だが彼女には息があった。大男は女の体の同じ箇所をなるべく打ち付けないように工夫していた為である。全身に痛みをしかし、一点だけ例外となっていた箇所があった。
横たわる彼女をムチのように振るおうとした時、彼女の体が膝から抜け落ちた。
大男は、空振りした女の左足を床に捨てると、カタワになった女の髪の毛を掴み上げる。右の目玉がぶら下がり、左の目玉は既にどこかに飛んで無くなっていた彼女が、多分次の一撃でもう動かないと大男は悟る。
すると大男は脇道に見える改築作業時の廃棄物を捨てるバケットへと、まるで壊れたおもちゃを捨てるように虫の息となった女を屋上から放り投げた。
朦朧する意思故に気絶する頃すら許されず落下した彼女は、バケットの中でそそり立っていた古い下水管に下腹部を貫かれて遂に死を許された。
巨漢が獲物の息の根を止めるて間もなく上空からヘリコプターが現れると、大男と覆面の人の立つ屋上に向けて縄梯子が下ろされた。
二人がてきぱきと慣れた身のこなしで揺れる縄梯子を登ると、そそくさとヘリは惨殺現場から離れていった。
ヘリコプターの後部座席で、覆面から覗く瞳と大男の白い目が、数十秒後に世界が変わる信じている大衆に憎悪の炎を注いでいた。
間もなく打ち上げられた花火からは「Welcome to 21st Century」の文字。街の灯りで照らされてる夜空の上でより一層きらびやかに花火は輝いた。
街から離れていくヘリコプターの中は花火の光により一層、影が強くなった。その影の中から、暗黒の決意が放たれた。
「21世紀から人間どもは痛みを思い出すことができる。俺と、俺に付き従う痛みを思い出そうと、牙を研ぎなおした獣ども……“エンパイアーズ”によって」
2011年9月25日日曜日
森光蘭
手段の為に目的を選ばなかった男モンティナマックス(HELLSING)
初恋を成就させるために対象も手段も選ばなかった男フェイスレス(からくりサーカス)
そして欲望を満たす為には目的も手段も選ばなかった男がいた。
当場作品『烈火の炎』
知力………7(機転・5 計画・2)「ずば抜けた直感力があり、機転に割り振らせていただいた」
学力………4(文系・2 理系・2)
技能………4(アナログ・2 デジタル・2)
武力………2(武器・1 格闘・1)「但し終盤では不老不死の怪物となり、完全無欠の強さを得る」
生命力……10(肉体・5 精神・5)「最強の魔導具、天堂地獄の防衛結界に生身で乱入し腕をなくしてもなお動き回る意外なタフさと、天堂地獄に取り込まれるどころか逆に取り込んでしまう精神力」
政治力……10(指導・5 交渉・5)「狂人だらけの暗殺集団を意のままに操る。愛憎さえも」
権力………10(地位・5 影響力・5)「日本の黒幕であるとされるがバトル漫画であるためどの程度の規模かは不明」
性質………10(度胸・5 冷酷・5)「鬼畜そのものの人格はすべてが欲望を満たす為が故の狂気である」
ルックス……0(美しさ・0 怖さ・0)
カリスマ……0(オーラ・0 威圧感・0)
ポリシー……10(信念・5 野望・5)「あくなき欲望を割り振らせていただいたがそうなると実質測定不能」
運…………10(チャンス・5 ピンチ・5)「主人公らと同等の補正がかかっている」
総合能力値 67~77(A)
表向きは慈善事業を展開するCOCOM財団の総帥。
その実態は戦国時代の火影忍軍の武器“魔導具”で武装した内外の暗殺部隊による武力支配で日本の裏社会の頂点に君臨する男。
本能寺の変で行方不明となった森蘭丸の子孫である事が暗示されており、代々伝わった古文書の類が火影忍軍と魔導具の情報元としていたと思われる。
永遠に欲望を満たし続けたいと考え、不老不死に執着。治癒の少女こと柳を執拗に狙う。(彼女自身に彼を不老不死にする能力は無いのだが、人体実験を経てその治癒の力を手に入れようと考えていたようである)
最強の魔導具、天堂地獄の所在を解読すると直属の暗殺部隊「麗」の首領であり自らが殺人マシンに育てた義理の息子、紅麗が謀反を起こす前に始末する。
そして天堂地獄を体内に取り込んでしまうと、今度は治癒の少女、柳を取り込むべく拉致。これに挑む主人公・烈火とその仲間たちに最強の暗殺部隊「裏麗」を指揮し待ち構える。
以上、その姿は唯只管に醜悪、醜悪、醜悪。
喉が乾いて紙パックのジュースをチューチュー吸う超単純な生理的欲求を満たす姿さえ見てて気分が悪くなるという有様だ。
欲望を絶やさない為に不老不死という荒唐無稽に執着し、怪物として欲望を満たし続ける事に一切の躊躇のない。
その実、本人は何も考えていいない。考える事は欲望を満たすことの妨げでしかない。考える事を止めていた段階でもはや彼はバケモノだったのだ。
そう、彼は悪魔に魂を売ったのではない、彼の魂そのもが悪魔なのだ。
そして終盤こそ、肉体がようやく彼の欲望に追いついたのである。
こんな性格最低な男なのだが一方で彼は、作中で舌戦において負けた事がない。というのも登場人物全員が彼に半端ではない憎悪を燃やしており、彼の前では理性が働かなくなっている。己が理性が無い事に留まらず、他人の理性まで奪ってしまう。慣れない憎悪を伴って正義の味方が口汚く罵った所で、悪そのものである光蘭の悪態のボキャブラリーに敵う訳がないのだ。
安西信行は悪役おも魅力的に(悪く言えば腐女子から人気)描いている一方で「読者の全てに憎まれる漫画史上最悪の悪役を作りたかった」と語っている。
それ故の作中の人気キャラ紅麗を嬲り殺しにしようとする彼の姿は白眉。反響は凄まじくあまりのことに単行本表紙で彼を描くことは自重したという。
彼の邪悪な魂がまだどこかで生きているのならば、安西先生には『森光蘭の野望の王国』みたいな物を漫画ゴラクあたりで描いてみてもらいたいものである。
初恋を成就させるために対象も手段も選ばなかった男フェイスレス(からくりサーカス)
そして欲望を満たす為には目的も手段も選ばなかった男がいた。
当場作品『烈火の炎』
知力………7(機転・5 計画・2)「ずば抜けた直感力があり、機転に割り振らせていただいた」
学力………4(文系・2 理系・2)
技能………4(アナログ・2 デジタル・2)
武力………2(武器・1 格闘・1)「但し終盤では不老不死の怪物となり、完全無欠の強さを得る」
生命力……10(肉体・5 精神・5)「最強の魔導具、天堂地獄の防衛結界に生身で乱入し腕をなくしてもなお動き回る意外なタフさと、天堂地獄に取り込まれるどころか逆に取り込んでしまう精神力」
政治力……10(指導・5 交渉・5)「狂人だらけの暗殺集団を意のままに操る。愛憎さえも」
権力………10(地位・5 影響力・5)「日本の黒幕であるとされるがバトル漫画であるためどの程度の規模かは不明」
性質………10(度胸・5 冷酷・5)「鬼畜そのものの人格はすべてが欲望を満たす為が故の狂気である」
ルックス……0(美しさ・0 怖さ・0)
カリスマ……0(オーラ・0 威圧感・0)
ポリシー……10(信念・5 野望・5)「あくなき欲望を割り振らせていただいたがそうなると実質測定不能」
運…………10(チャンス・5 ピンチ・5)「主人公らと同等の補正がかかっている」
総合能力値 67~77(A)
表向きは慈善事業を展開するCOCOM財団の総帥。
その実態は戦国時代の火影忍軍の武器“魔導具”で武装した内外の暗殺部隊による武力支配で日本の裏社会の頂点に君臨する男。
本能寺の変で行方不明となった森蘭丸の子孫である事が暗示されており、代々伝わった古文書の類が火影忍軍と魔導具の情報元としていたと思われる。
永遠に欲望を満たし続けたいと考え、不老不死に執着。治癒の少女こと柳を執拗に狙う。(彼女自身に彼を不老不死にする能力は無いのだが、人体実験を経てその治癒の力を手に入れようと考えていたようである)
最強の魔導具、天堂地獄の所在を解読すると直属の暗殺部隊「麗」の首領であり自らが殺人マシンに育てた義理の息子、紅麗が謀反を起こす前に始末する。
そして天堂地獄を体内に取り込んでしまうと、今度は治癒の少女、柳を取り込むべく拉致。これに挑む主人公・烈火とその仲間たちに最強の暗殺部隊「裏麗」を指揮し待ち構える。
以上、その姿は唯只管に醜悪、醜悪、醜悪。
喉が乾いて紙パックのジュースをチューチュー吸う超単純な生理的欲求を満たす姿さえ見てて気分が悪くなるという有様だ。
欲望を絶やさない為に不老不死という荒唐無稽に執着し、怪物として欲望を満たし続ける事に一切の躊躇のない。
その実、本人は何も考えていいない。考える事は欲望を満たすことの妨げでしかない。考える事を止めていた段階でもはや彼はバケモノだったのだ。
そう、彼は悪魔に魂を売ったのではない、彼の魂そのもが悪魔なのだ。
そして終盤こそ、肉体がようやく彼の欲望に追いついたのである。
こんな性格最低な男なのだが一方で彼は、作中で舌戦において負けた事がない。というのも登場人物全員が彼に半端ではない憎悪を燃やしており、彼の前では理性が働かなくなっている。己が理性が無い事に留まらず、他人の理性まで奪ってしまう。慣れない憎悪を伴って正義の味方が口汚く罵った所で、悪そのものである光蘭の悪態のボキャブラリーに敵う訳がないのだ。
安西信行は悪役おも魅力的に(悪く言えば腐女子から人気)描いている一方で「読者の全てに憎まれる漫画史上最悪の悪役を作りたかった」と語っている。
それ故の作中の人気キャラ紅麗を嬲り殺しにしようとする彼の姿は白眉。反響は凄まじくあまりのことに単行本表紙で彼を描くことは自重したという。
彼の邪悪な魂がまだどこかで生きているのならば、安西先生には『森光蘭の野望の王国』みたいな物を漫画ゴラクあたりで描いてみてもらいたいものである。
2011年4月9日土曜日
人肉ラーメン
@名作
『八仙飯店之人肉饅頭』以降、カニバルホラーというジャンルは露骨なグロ描写とホラーというよりはバイオレンス映画のような破壊衝動が画面を覆う傾向となっていた。
『八仙飯店之人肉饅頭』以降、カニバルホラーというジャンルは露骨なグロ描写とホラーというよりはバイオレンス映画のような破壊衝動が画面を覆う傾向となっていた。
(単純に香港映画がホラーを苦手としている可能性もあるが・・・)
本作はその点、ホラー映画としてのおどろおどろしさに回帰している。もはやバイオレンスに逃げた人肉饅頭を叱咤するかのように乾いた暴力を排している。
オープニングで、人間がラーメンのスープに浸されるが、この段階ではさりとて凶悪なグロ・ゴア描写は無いのだがしかし、ただただ食材と扱われる成人男性の遺体は強烈なおぞましさだ。
かつ、本編冒頭から人のモツが入ったラーメンや吐き気を催す激痛の描写は筆者が長らく見てきたスプラッター描写の中でも上位に食い込む。
凶行に走るのがパッと見でギリギリ美人の分類な太めの中年のオバサンなのだが、虐待の過去や夫の家庭内暴力、そして人肉ラーメンを作り続けてきた異常者である姑の母権等に精神を病んでいる。本作ではその悲惨な生い立ちがコレでもかと時系列バラバラにモノローグ的に挿入される。
映画はこの凶悪な殺人鬼の悲しみを軸に展開されていく事となり、彼女は悲しみを深める度々に人肉を詰んだラーメンの屋台を引っ張ってあくせくと働く。
太めの中年女性を主人公に据えたこのアプローチは『死霊の罠2―ヒデキ―』を彷彿とさせているが、シュールの領域に突入してしまった『死霊~』よりも飽くまで現実感を優先した本作に軍配が上がる。
残念ながら主人公以外のキャラクターがとても薄い事と、凶行が露呈する場面においてそれまでの凶行は観客が把握し尽くしていた為にあまり恐怖心を煽らなかったり、終盤で主人公の狂乱する場面もフィルム効果を使い過ぎていてブツ切りの印象になったりといった欠点も抱えているが、久しぶりに上質のスプラッターホラーが、タイという映画産業としての注目度が高まりつつある機運の時に発表されたことを私は素晴らしいことだと思っている。
最後の最後で鬼畜の親玉である姑の家に逃げこみ、何故か少女の頃の姿で微笑み返すロジックにまみれたラストも好印象であった。
2011年4月2日土曜日
レイダース 失われたゾンビ
@伝説の最低映画
@酷すぎて暴動が起こった(実話)
なにかの間違いで本作をビデオ配給したTCC(徳間コミュニケーション)曰く
映画の内容云々以前にそのつまらなさに会場の客が続々と怒り初め。最終的には暴動に発展したという逸話があまりにも有名な作品。
(政治・宗教・人種等の問題を除いて純粋な糞さで暴動を引き起こした作品はおそらくこれだけだろう。)
しかもその会場というのがファンタスティック映画祭。要するに変な映画を寄せ集め褒め称えるオタクの会合という地雷原で暴動が発生した。この点も特筆すべきである。
虚無の『死霊の盆踊り』、ストレスの『失われたゾンビ』と語られており、『死霊の盆踊り』が引き合いにされている映画であると考えていただければ分かりやすいか。
ストレスを与える映画といえば『ネオンマニアックス』も相当なものだが、本作の観客への攻撃は一つ頭飛び抜けて凄まじいものである。
『死霊の盆踊り』すらエド・ウッドの脚本、クリズウェルのカンペ読みというマイナスのカリスマ劇が観客の前で繰り広げられる。これは快楽指数の高い瞬間だろう。
しかし本作は
冗長極まるシーンを
冗長極まる1カットで
ストーリーラインすらまともに存在していない中に
手抜きな上に下手くそな演出・編集で
フィルムに放りこまれている。ほとんど登場しない上にしないほうがマシなメイクのゾンビをトッピングして---
ストーリーラインに至っては「一貫性が無い」という表現すら不相応なレベルであり、評価のしようがない虚空の領域。
この虚無の中に潜む全てが観客にストレスを与えてくる。これはもはや精神汚染である。
頑張ったけど抜きどころのないポルノの虚無感とは異なったストレス(精神汚染)を観客に容赦なく浴びせ続けるのだ。
徹頭徹尾駄作のあまり約3分に及ぶフルコーラスの手抜きOPが本編と野次られる点は、正に最低映画界の『デスクリムゾン』と形容するに容易い。
否、デスクリムゾンこそがゲーム界に転生した『失われたゾンビ』といえよう。変な銃が活躍するなど、もはやコレは呪いである。
実際、筆者ですら学園黙示録が日本で放映されるまで本作に匹敵するストレス指数の高い駄作を見たことがない。
しかも学園黙示録ですら、
・面白そうな一話
・ただ小奇麗なだけの安定した作画
・頭の悪いキャラクターのお色気
・某漫画家平野耕太とは認めないが名貸
等、客寄せになるポイントは持っているが残念ながら本作はそれすら持ち合わせていない。
最大の謎は本作がなぜお蔵入りにならなかったのかという一点である。
「興奮のあまり観客がスクリーンのゾンビと戦い始めた!」らしい。
なお、原題は『RAIDERS OF THE LIVING DEAD』であり邦題に関してはTCCに罪は無い。
*今回のレビュー、まったくやる気がない。というか学園黙示録の補足の為の記事である。個人的なストレス指数では本作を上回っている。
*ストーリーは他所を回ってくれ。死ぬほど疲れているんだ。
2011年3月2日水曜日
謝罪文
長きに渡り更新を滞らせていたデッドライジングの実況動画『ゾンビ対ヤクザ』の打ち切りを報告します。
一身上の都合で動画クオリティーが維持できず更新を停止していましたが、打ち切りの決心をつけて最後の収録を行いましたが、DVDデッキの故障により、肉屋戦~ゾンビ化ジェシーを惨殺という本来プレイした映像が収録できませんでした。(ファイナライズを終えた映像が1分で暗転してしまう。録画テストの段階では15秒程度の映像しか収録していませんでした。)
『デッドライジング』はゲームの性質上、やり直しが効かない為、1プレイでの撮り直しができません。
また本日に到るまで度々起こった更新の明らかな停滞ですが、動画を上げるたびに作品の出来不出来の判断が自分で解らなくなって怖くなってしまったというのが本音です。収録が苦痛となってしまったのです。
尚、引越し先の環境が実況がほぼ不可能となってしまいました。
恐らく実況動画の配信を行う事は二度と無いでしょう。
今後はMAD・映画の音声解説等を中心に更新していこうと思います。
(そして別アカウントでの著作権の状態が曖昧な映画作品のUP)
お怒りを買うことは重々承知の上ですが、謝罪の言葉で閉めさせていただきます。
一身上の都合で動画クオリティーが維持できず更新を停止していましたが、打ち切りの決心をつけて最後の収録を行いましたが、DVDデッキの故障により、肉屋戦~ゾンビ化ジェシーを惨殺という本来プレイした映像が収録できませんでした。(ファイナライズを終えた映像が1分で暗転してしまう。録画テストの段階では15秒程度の映像しか収録していませんでした。)
『デッドライジング』はゲームの性質上、やり直しが効かない為、1プレイでの撮り直しができません。
また本日に到るまで度々起こった更新の明らかな停滞ですが、動画を上げるたびに作品の出来不出来の判断が自分で解らなくなって怖くなってしまったというのが本音です。収録が苦痛となってしまったのです。
尚、引越し先の環境が実況がほぼ不可能となってしまいました。
恐らく実況動画の配信を行う事は二度と無いでしょう。
今後はMAD・映画の音声解説等を中心に更新していこうと思います。
(そして別アカウントでの著作権の状態が曖昧な映画作品のUP)
お怒りを買うことは重々承知の上ですが、謝罪の言葉で閉めさせていただきます。
ご期待にお答えできず申し訳ございません。
2011年1月1日土曜日
GOEMON
@忍者アクションとしては次第点
@脚本は最低
キャシャーンから見えにくかったアクションシーンは大進歩した。しかしCGが進歩していないコレが『無双シリーズ』よりも前なら評価もかわったが、シンメトリー構図の多さは引き出しの少なさを露呈してしまった感は否めない。
五右衛門の泥棒としての活躍は序盤にとどまっており(しかもそれが『カリオストロの城』にオマージュで終わっている)
基本、それなりの映画なのだが、アラが尖っている。面白さに尖った点はない。
私的に本作の失敗は終盤で登場人物全員がアホになってまう点が大きい。
・才蔵の家族が襲撃させると何故か予測していない五右衛門(石田三成が序盤で耳に入ってる。)
・立身出世が目的でいたにも関わらず死ぬ間際に世界平和を唱える才蔵。
他にも色々とあるが、 最終決戦手前の盛り上がりとも言うべき場所でのこの失敗は本作の評価を大幅に下げざるを得ない。というか、才蔵の演説よりも、その後に赤子を釜に放り投げる秀吉の方が圧倒的にインパクトがあった。演説の内容なぞみんな忘れる。
紀里谷和明監督は、素直に高いポテンシャルを持ってる“天才”に部類する監督だと思う。しかし登場人物が唱う世界平和だが、登場人物たちが戦う戦場ではどんな派手な戦闘シーン・流血シーンにも暴力的感情が込められていない。主人公が常に反体制側であるにも関わらず反体制を貫く“野蛮”なエネルギーに欠けている。
これらは彼の坊ちゃん気質に起因するものであると断言する。温室育ちで、映画撮らなくても食っていける。(彼の出身を鏡見れば革命家にでも成れば良かったのに)
本作でお尋ね者のアナーキストの筈の五右衛門が鳥の肉を食うシーンで、鳥の骨までしゃぶる事は無く、柔らかくて美味しそうな部分だけ食べて「ごちそうさん」という。
坊ちゃん監督の性格的な甘さがよく出ていたシーンだと私は断言する。
私が前期の作品の平和論が頭が悪いと評したのはそういう事ではない。徳川家康に天下の太平を約束させた五右衛門などは、キャシャーンの無意味かつ意味不明なバッドエンドからは随分飛躍できたと思う。しかし、途中から付いてきた子役は完全に蛇足な上に、支離滅裂な五右衛門の説教でその必要性は皆無だったりと、性善説を描こうとした結果登場人物が白痴化するという前例多々ある最低要素の一本。『モスラ3』の白亜紀編と同じでやらないほうが出来がよいのだ。
というか、本作の一番の見所はCGも何も使っていない、 平 幹二朗が人肉料理にされるシーンである。このシーンだけで「この映画見てよかった。」と思わせてくれるのだから紀里谷さんはもっと野蛮になるべき。
@脚本は最低
キャシャーンから見えにくかったアクションシーンは大進歩した。しかしCGが進歩していないコレが『無双シリーズ』よりも前なら評価もかわったが、シンメトリー構図の多さは引き出しの少なさを露呈してしまった感は否めない。
五右衛門の泥棒としての活躍は序盤にとどまっており(しかもそれが『カリオストロの城』にオマージュで終わっている)
基本、それなりの映画なのだが、アラが尖っている。面白さに尖った点はない。
私的に本作の失敗は終盤で登場人物全員がアホになってまう点が大きい。
・才蔵の家族が襲撃させると何故か予測していない五右衛門(石田三成が序盤で耳に入ってる。)
・立身出世が目的でいたにも関わらず死ぬ間際に世界平和を唱える才蔵。
他にも色々とあるが、 最終決戦手前の盛り上がりとも言うべき場所でのこの失敗は本作の評価を大幅に下げざるを得ない。というか、才蔵の演説よりも、その後に赤子を釜に放り投げる秀吉の方が圧倒的にインパクトがあった。演説の内容なぞみんな忘れる。
紀里谷和明監督は、素直に高いポテンシャルを持ってる“天才”に部類する監督だと思う。しかし登場人物が唱う世界平和だが、登場人物たちが戦う戦場ではどんな派手な戦闘シーン・流血シーンにも暴力的感情が込められていない。主人公が常に反体制側であるにも関わらず反体制を貫く“野蛮”なエネルギーに欠けている。
これらは彼の坊ちゃん気質に起因するものであると断言する。温室育ちで、映画撮らなくても食っていける。(彼の出身を鏡見れば革命家にでも成れば良かったのに)
本作でお尋ね者のアナーキストの筈の五右衛門が鳥の肉を食うシーンで、鳥の骨までしゃぶる事は無く、柔らかくて美味しそうな部分だけ食べて「ごちそうさん」という。
坊ちゃん監督の性格的な甘さがよく出ていたシーンだと私は断言する。
私が前期の作品の平和論が頭が悪いと評したのはそういう事ではない。徳川家康に天下の太平を約束させた五右衛門などは、キャシャーンの無意味かつ意味不明なバッドエンドからは随分飛躍できたと思う。しかし、途中から付いてきた子役は完全に蛇足な上に、支離滅裂な五右衛門の説教でその必要性は皆無だったりと、性善説を描こうとした結果登場人物が白痴化するという前例多々ある最低要素の一本。『モスラ3』の白亜紀編と同じでやらないほうが出来がよいのだ。
というか、本作の一番の見所はCGも何も使っていない、 平 幹二朗が人肉料理にされるシーンである。このシーンだけで「この映画見てよかった。」と思わせてくれるのだから紀里谷さんはもっと野蛮になるべき。
十三人の刺客(2010)
@名作
@『新・仁義の墓場』と同じぐらい名作で同じぐらい奇跡のPG-12
『十三人の刺客』というよりも『武士道戦国志』か『大笑い、十三人の、馬鹿騒ぎ』のほうが十兆倍しっくり来る作品。
敵味方含めて登場人物全員が各々のベクトルで常軌を逸しており、シグルイな価値観でのみこの異常極まりない超弩級残酷絵巻に参加している。
@『新・仁義の墓場』と同じぐらい名作で同じぐらい奇跡のPG-12
『十三人の刺客』というよりも『武士道戦国志』か『大笑い、十三人の、馬鹿騒ぎ』のほうが十兆倍しっくり来る作品。
敵味方含めて登場人物全員が各々のベクトルで常軌を逸しており、シグルイな価値観でのみこの異常極まりない超弩級残酷絵巻に参加している。
仇役、松平の殿様からして既に凄い、鬼畜も鬼畜、CAVE語で言う鬼畜の領域であり『カムイ伝』の殿様と『武士道残酷物語』の殿様と『バイオレンスジャック』の殿様の全部盛りなのだ。気色悪さでは『ギニーピッグ2』の殿様の鱗片さえ見える。実際に映画を見れば小生の例えが恐ろしいほど正確である事が解る。
これを演じるのが稲垣吾郎といのもものすごい。本当に温室育ちのお殿様のイメージそのままで野蛮な悪党全部盛りなのだ。吾郎さんのいつものナルシストなオーラも相まって、立ってるだけで、不動のままで怖いとんでもない悪党が誕生してしまった。
13人の善いもんの鬼畜の親玉、役所広司はそいつの所業を目の当たりにして笑う、どん引きというよりも武者震いに近い。チープな狂笑というよりも、こみ上げる感情がなせる笑い。この導入部だけでこの映画は100点である。
で終盤の13人VS300人だが「13人が30人づつ殺れば楽勝じゃん?」と思う人も居るだろう。
『あずみと』は訳が違った、切っても切っても13人を圧殺する敵勢の圧倒的な数の脅威を描ききっている。地獄のような光景だ、13人の一人が息絶える直前に見る、敵味方が殺し殺される場面に顕著だと言える。
その末路に至るまでジャニーズ的には吾郎さんを出したのを後悔しただろうが、血だるまになりながら、鬼畜と化して「みなごろし」をやってのけたキャスト、描き抜いた三池組百点万点の武士道残酷物語ならぬ武士道鬼畜大宴会であった。
2010年10月20日水曜日
エクスペンダブルズ
@超快作
『ランボー/最後の戦場』を彷彿とさせる血飛沫が多数見受けられるが想像以上に牧歌的というか旧態然なアクション映画に仕上がっている。否、堅実というべきか。ともあれ圧倒的な豪華キャストを惜しみなく、ふんだんに映画に参加させている。80年代~90年代を代表するアクションスター揃い踏みのメモリアル作品にして出来過ぎと評すべきだろう。いや、むしろそのコンセプトとしては80年代のアクション映画のスタイルに忠実である事がミソなのだ。
豪華キャストといえど、メインを絞ればスタローン、ジェット・リー、ジェイソン・ステイサムの3人となる。しかし脇を固めるキャストも彼らも志は同じにみえた、これまでどおり全力で役に望んでいる。それも変に意気込んだ演技力などではなく彼らが個々に持っている俳優力をもってしてだ。どんな役をやろうとスタローンはスタローンであり、ジェット・リーはジェット・リーなのだそれが観客の見たい全てなのだからだ。
脚本やら詩的な演出は端から期待していないし概ね凡庸だった(不覚にもスライとミッキー・ロークの語らいにはジ~ンと来たが)が、そこもこの映画のミソだ。随所に挿入されるアクションシーンに趣を置いて映画の尺は90分を保っている。王道の90分を貫いているのだ。 これはむしろ評価すべきである。
この映画の唯一の問題は、シルベスタ・スタローン以下、どいつもこいつも滅茶苦茶強そうにも関わらず、敵勢力があまりにも力不足であるといわざるを得ない。『コマンドー』におけるベネットに相当する身体的な攻撃力の差を覆すような敵が明らかに必要だった。
黒幕と言えば、『ダークナイト』でトゥーフェイスにあっさり殺されたエリック・ロバーツ。
弱い。
終盤では『タイムクライシス』のワイルド・ドッグを彷彿とさせる、計画破綻→ヒロイン連れて高飛びという負けフラグ全開でエクスペンダブルズに挑むが、自爆する事もなく死ぬ。弱い。
離叛したドルフ・ラングレンがエリック派に着いている時点ではいよいよ厄介な相手に思えるのだが、ドルフとジェット・リーの夢の対決(少なくともドルフのファンにとっては)が実現した後、退場してしまう(どっちが勝ったのかは映画を見てね。)
そういう意味では私的にはドルフ・ラングレンが一番、役得だったようにも思える。ジョークが通じるいつも(B級アクション映画)のドルフも、クレイジーで野蛮な悪党ドルフにも見せ場があったし、この映画に強敵を求めていた観客は誰も彼の退場を惜しんでいたに違いない。
『ランボー/最後の戦場』を彷彿とさせる血飛沫が多数見受けられるが想像以上に牧歌的というか旧態然なアクション映画に仕上がっている。否、堅実というべきか。ともあれ圧倒的な豪華キャストを惜しみなく、ふんだんに映画に参加させている。80年代~90年代を代表するアクションスター揃い踏みのメモリアル作品にして出来過ぎと評すべきだろう。いや、むしろそのコンセプトとしては80年代のアクション映画のスタイルに忠実である事がミソなのだ。
豪華キャストといえど、メインを絞ればスタローン、ジェット・リー、ジェイソン・ステイサムの3人となる。しかし脇を固めるキャストも彼らも志は同じにみえた、これまでどおり全力で役に望んでいる。それも変に意気込んだ演技力などではなく彼らが個々に持っている俳優力をもってしてだ。どんな役をやろうとスタローンはスタローンであり、ジェット・リーはジェット・リーなのだそれが観客の見たい全てなのだからだ。
脚本やら詩的な演出は端から期待していないし概ね凡庸だった(不覚にもスライとミッキー・ロークの語らいにはジ~ンと来たが)が、そこもこの映画のミソだ。随所に挿入されるアクションシーンに趣を置いて映画の尺は90分を保っている。王道の90分を貫いているのだ。 これはむしろ評価すべきである。
この映画の唯一の問題は、シルベスタ・スタローン以下、どいつもこいつも滅茶苦茶強そうにも関わらず、敵勢力があまりにも力不足であるといわざるを得ない。『コマンドー』におけるベネットに相当する身体的な攻撃力の差を覆すような敵が明らかに必要だった。
黒幕と言えば、『ダークナイト』でトゥーフェイスにあっさり殺されたエリック・ロバーツ。
弱い。
終盤では『タイムクライシス』のワイルド・ドッグを彷彿とさせる、計画破綻→ヒロイン連れて高飛びという負けフラグ全開でエクスペンダブルズに挑むが、自爆する事もなく死ぬ。弱い。
離叛したドルフ・ラングレンがエリック派に着いている時点ではいよいよ厄介な相手に思えるのだが、ドルフとジェット・リーの夢の対決(少なくともドルフのファンにとっては)が実現した後、退場してしまう(どっちが勝ったのかは映画を見てね。)
そういう意味では私的にはドルフ・ラングレンが一番、役得だったようにも思える。ジョークが通じるいつも(B級アクション映画)のドルフも、クレイジーで野蛮な悪党ドルフにも見せ場があったし、この映画に強敵を求めていた観客は誰も彼の退場を惜しんでいたに違いない。
2010年10月6日水曜日
学園黙示録ハイスクール・オブ・ザ・デッド
@擁護不可能のゴミ
@制作関係者に不幸が起これば本編よりも楽しめる自信がある
00年代の“萌”史上主義が日本のアニメを如何に衰退させ事を象徴するような駄作。
10年に一度の駄作は恐らく『コードギアス反逆のルルーシュR2』で決まりかと思われた矢先原作が登場し、筆者を激怒させるという偉業を達成。
ギアスは一期の成功を完全に破壊したというのが大きいが、コレは徹頭徹尾駄目。
原作に忠実であるにも関わらず駄目。要するに原作からして観賞に耐えられない駄作なので平行してレビューしようと思うのだが、擁護不可能とあるように全編を構成する最低要素の尽くを私の力量で列挙できるかいささか不安である。
本作はゾンビ作品の造詣に詳しい者ほど楽しめないという非常に珍しい傾向を持っている。端からゾンビ映画のファンを商売の相手と見ていないゾンビアニメなのである。
例えばタイトルに学園黙示録とあるがゾンビ映画の基本である篭城を日本の高校で再現することは無い。原作一巻の後半に入った時点で学園から脱出してしまう。
あまりに短かった為、原作に至ってはコミックが進むにつれてオマケという形で学園にゾンビが発生した顛末を補完している。
そしてアニメにおいてはそのシークエンスを全て第一話に再編成される始末である。
これを私が脱構築と褒められないのは、追加シーンを含めて主人公たちが他のゾンビ作品の主人公達よりも優れた脱出計画を立てたとか脱出の努力を行ったのではなく、淡々とさも当たり前のように脱出に成功しているのである。工夫というものが一切合切感じられない。
ゾンビに至っては視覚を失って聴覚で反応しているという設定がある。恐らく元ネタは『バイオハザード2』のリッカーであろうが、そもそもリッカーはあのグロテスクな容貌に、第一作におけるハンターに近い立ち位置である。ゾンビよりも強いが故に目が見えないというハンデを与えられているのだ。これはドラキュラにニンニクや十字架という弱点があるような妥当な設定だ。しかし、本作ではゾンビが視界を奪われた暗闇で有利という描写すら無くただただ他作品と比較して脆弱な個体となっている。
まあ、高校生=ガキが相手にする上に、銃の無い日本が舞台なんだから必要な設定だろうと思っていると、主人公たちは日本では有り得ない事に簡単に重火器を入手してしまうのである。
この時点で本作は、主に米国で生産されるゾンビ映画を、日本を舞台に置き換えた際にシュミレーションすべきである銃規制という環境下でのゾンビとの戦いを完全に放棄している。しばしばコメディーと評される『ショーン・オブ・ザ・デッド』でさえこの考察に踏み込んでいた。
その経緯があまりにもお粗末も良い所で、運良くゾンビになっていない警官の遺体から、拳銃を手に入れるまでは良いとしても、主人公らに同伴する保険医の友人が警察の特殊部隊で、マンションの一室に馬鹿みたいにデカいライフルやら散弾銃を弾と一緒に3丁も置いており、それを無断に拝借する。果てには右翼団体の庇護受けるなど、日本において深刻な火力不足という事態に一介の高校生が全く陥らないのである。
この緊張感の無さに拍車をかけているのが“萌え”を重用した陳腐以下のキャラクター群像である。
この作品のメインキャラクターは主人公以外に男が居ない。もう一人、居ることは居るのだがデブのガンマニアというモテ無い街道まっしぐらのオタク君(モデルは平野耕太らしいが俺は認めない)。それ以外は全員女性という緊張感0のパーティー。
特に主人公らの同伴者である保険医だが、街中にゾンビが居るという非常自体であるにもかかわらず、彼を守る大人という認識というものがなく、酔っ払て主人公に欲情し甘えたり、ブランド物服を破られて怒るなどといった、手のかかるお姉さんというキャラクターが全面的に押し出されており大人不在という最低系ラブコメから引用されたような人物である。
続いて剣道部の毒島ついてはただただ不愉快でしかない。
マンガとしか形容できない武家口調の彼女を大和撫子キャラとして萌えの対象と捉えているファンが居るが、下賎であることもはなはだしいというもの。初登場時に噛まれた生徒を生きてる内に撲殺するというインパクトは評価するものの、その後は服が濡れれば、裸エプロンにTバックで主人公の前に堂々と現れたりゾンビを殺せば「濡れる!」とサディストの色情狂にしか見えない。特にゾンビや暴漢を相手に立ち回って性的興奮をするなどとは本作に限らず性的サディズムと敵への加虐欲を一緒くたにした底の浅いキャラクターの典型ともいえる。その後も和服を着たりるなど形式ばった大和撫子を作り手は演出するのだが、やるだけキャラクターが浅さが露呈されるだけ。黒髪美少女が刀振り回してゾンビを狩り殺す事に文句言いたいのでは無いが毒島はただのテンプレートの寄せ集め。虚数の塊だ。
第8話におけるようやくピンチといえるピンチに陥る描写もひどい物で、ハマーみたいな大型車両に主人公一味はほぼ無傷で乗っているのだけれど、放置されたゾンビ用のバリケードに行く手を遮られるのだけれど、このバリケードがDVDで修正されるんじゃないだろうかってぐらいのスッカスカのワイヤーで作られている。ほんと、大人2、3人一変に通れるぐらい。
後ろからゾンビがやってきてみんな戦い始める。この戦い方もヒデーの。JKの巨乳を三脚代わりにライフルぶっ放すわ、その銃弾を追ってカメラがが上記の侍(笑)ガールの股間の間を通り抜けて食い込みパンツのドアップ。続く2発目は、侍ガールの揺れる乳と乳の間を間一髪ですり抜けちゃうの。
金網がスカスカなのはこんなくだらないシーンに時間をかけて作画スタッフが手を抜いたのかよ?
かくもゾンビの頭がパーンとか、仲間がゾンビに食われるとかいうゾンビ作品の醍醐味は起こらないまま。侍ガールと主人公は、散々乳やらパンツやら晒した挙句、余裕綽々とゾンビの群れを素の足で突破する・・・
つーかさー、こいつら重火器持ち歩いてるのにスッカスカのワイヤーを切れるようなペンチすら用意してないのかよ!
例えばゾンビに追い詰められたシーンで「そうだ!金網を切れ!早く!車載工具使え!」って流れになって、仲間たちが撃っても撃ってもやってくるゾンビの中で車載工具にあったバールで無理矢理に金網をねじ切っていって、人ひとりギリギリで通れる穴を空けて金網を突破。主人公らは難を逃れるが仲間の一人が・・・って流れならハラハラしておもろいんとちゃうん?
ていうかデブ(平野耕太とは認めない)は、武器の知識満載の癖にレザーマンの十徳プライヤーぐらい携帯しといてよ!男のロマンは銃撃戦<<ワイヤー切って要塞潜入といえばミリオタの義務じゃろがい!(ゴリエ風に)
このように浅い知識でゾンビを射撃の的程度にしか認識していない、世のゾンビマニア達には腹立たしい内容なのである。
たしかに『バイオハザード』はゾンビ虐殺ゲームという評価もあって、射撃の的ではあるんだけど、あれはまだ「ゾンビと戦える」という発想の黎明期のものだし、後年の『デッドライジング』もゾンビ虐殺ゲームには違い無いし、終盤フランクが強すぎたり、銃の優位性が皆無等は私的に評価を落とさざる得ない。
だが、これらは『ゲーム』であってクリボーにまでキャラクターは要求されない、それどころか両ゲームのゾンビはちゃんと作品のアイコンとして機能している上に、プレイヤーの攻撃によって倒されるその瞬間、血と肉の華と開花する時、確実に主人公よりも輝いて描かれている実質主役と言ってもいい。そもそも両者は倒しても倒しても現れる恐怖をしっかりと描いているし、ゲームオーバーも有り得る。
しかしアニメでそれをやるのはどうなんだ?本当に没個性な射撃の的だもん。強力な個体や以上に目に付くファッションのゾンビなんていやしない。主人公らの攻撃力が衰える事は無く(ハーブを食う代わりに精々JKが風呂入る程度)せっかくゾンビがえげつない死に方する時でさえ主人公やヒロインのほうが輝いて描かれている。同じことは『実写版バイオハザード』にも言えるが、本作は一つ頭飛び抜けて酷い。『実写版バイオ』は一応ヒロインアクションとしてはしっかりと作られている上に、スプラッターシーンにも趣を置いている。
本作は例えるならば、自分の考えたゲームの内容をベラベラと喋り始めた挙句に「ここで裏技が使える」と悦に浸って妄想を垂れ流されたようなものだ。しかも20分x12話=240分延々と。
しかし、本作。コレだけでアキバ系のお兄ちゃんの人気になったのではない。全編に頻繁に挿入されるネトウヨ的な未熟な政治的見識を全肯定するシーケンスの数々。
あのー?パニックは?地獄絵図は?
ていうか、こういう時に大挙するのってプラカードもった学生運動残党じゃなくて子供を抱えた親とか怪我したり噛まれた人かその親族や友人だよね? いや、いないことはないのよ。左翼に対して絶対数が有り得ないぐらい少ないの。むしろ彼らは警察に従順に描かれて、左翼が邪魔をして死んだって展開。
なんつーか、警察という国家権力がネトウヨの嫌いな物を否定するのをやりたかっただけじゃないの?
普通のゾンビ作品はゾンビにこういう役を譲る。ゾンビが左翼の内蔵を掻き分けて残虐な処刑を加えるのだ。観客が見たいものはソレの筈だからだ。
しかし、アニオタの間で増えるネトウヨ層はゾンビよりも国家権力が左翼を殺すのを望んでいるのね。
他にも『狂い咲きサンダーロード』のスーパー右翼みたいな連中が市民を守っているんだけど、ゾンビ化した同胞をオリに入れて要塞で「自己犠牲」や「愛国」などの綺麗事を並べて、保護している市民の前で処刑する。彼らの意思・肉体の強さやカッコよさを前面に押し出しているのだが……ごめんなさい。わざわざゾンビを要塞に連れ込む時点で、保護されている身分でも市民は「キチガイだぁ」って思っちゃうよ。綺麗事まで並べられたら尚更。
あげく原作では彼らを思想派右翼として三島由紀夫を引き合いにしているのだがそれでいいのか!自衛隊のお偉方を人質にして自衛隊員に「クーデターしようぜ!」っていうような人だよ?映画『MISHIMA』劇中でもあのへんの件は、思想派右翼としてではなく、劣等感とコンプレックスの暴挙として描かれてたんだが。
少なくとも「ここのお館様はキチガイだが、ゾンビに対抗できる武力を持ってるから従っておこう」か「あのキチガイをどうにかして縄で包んしまって、自分たちでこの屋敷を乗取ってしまおう」という打算的な見解が人によってぞろぞろ出てくるハズだ。しかし、このアニメには彼らのような小市民的考えの大人は登場しない。右翼の屋敷に保護された大人たちは全員日教組的な左翼思想の持ち主で、「彼らはゾンビではない!米軍が開発した殺人病ウイルスの犠牲者なのだ!」と言い放つような愛国心とやらを忘れた人間しか居ないのだ。
別に右翼がどーの左翼がどーの俺が言いたい訳では無い。というかこんなアニメを引き合いに言ったら馬鹿だと思われることぐらい解ってる。上記の通りで、回りの見えなくなっている災害被害者や、打算的な見解がきる大人の存在を無いことにして進行する右左の二極論で物語が成り立ってしまう事が極めて不自然であるといいたいのだ。ゾンビという災害、パニックを描くストーリーで登場人物を2人しか出さないようなものではないか。
他にもペ・ヨンジュンをゾンビ化させて射殺したりしている。まあ、イ・ビョンホンだとゾンビ相手に大立ち回りをやらかして「コーブラー!!」(ジ~アイジョ~♪)とかやるからヨンジュンなんだろうけど、ヨンジュンもコムド(韓国の剣道流派)・合気道を収めているので、剣道部の女子高生が活躍できる世界ならそこそこ戦える筈だと思うんだけどね。
あと冒頭やENDロールに入る各国の危機的状況の描写が本編の内容と比較して極めてアンバランスに思える。っていうか駄作の定番である無意味な設定の描写だ。
なお、本作はそれなりにヒットしてしまい、第2期の制作が決定している。
・・・ごめんなさい。もっと言いたい事があるんだけどもう悲しくなってレビューできない。
兎に角かような駄作にもファンが付き、スポンサーが歓迎する日本アニメの現状はもはや世界一のアニメ大国などとは言えない危機的状態に陥っていると断言できる。(誰だよ、アニメの殿堂作れとかいったバカは。)
確かに深夜アニメとはいえ、こういう題材が表に出てきたのは評価すべきかもしれない。しかし、逆に言えば“萌コンテンツ”に乗る為には題材を選ばないというスポンサーの底の浅さが露呈した。テレビドラマと変わらないよ。
俺はアニメの娼婦を見たいんじゃない!ゾンビが見たいんだよ!もっと言えば美少女フィギュアなんざ買わねーからゾンビのフィギュア売れ!スポンサー!
と、いうわけで紛いなりにも面白い和製ゾンビアニメのアイデアを箇条書きして本作への溜飲を下げる事にする。
・OPはディルアングレイがものすごいゲロ声で最高のバラードを送ってくれる。ライブでは『残』並に何言ってる解らなくなる。
・主人公は派遣労働者。相棒は土方。
・ヒロインに豊齢線アリ。
・幼女の首を絞めてレイプするキモオタとが出てくる
・ゾンビのリボルテックとかフィギュアがモリモリ販売される。
・ゾンビのデザインはフルチ作品を参考にしておりウジやらゴカイやらの作画が糞リアル
・ゾンビは731部隊が開発した細菌兵器が原因。
・その封印を解いたのが赤ィなんたらっていうテロリスト。目的は帝国主義のネガキャンの為という回りくどさ
・過激派のボスは部下に黙って強盗計画を並行させていて、この騒動で退職金代わりに頂戴しようと目論んでいる。最後に「この金は俺のもんだ!ゾンビのケツを拭く紙になんざさせねぇ!」とかのたまって死ぬの。
・分身の術紛いの高速で移動しながら火の玉ばらまくアホみたいに強い個体が最終鬼畜兵器的に登場する。
・テロリストは復活させたその個体が皆殺しにする「ワタシハ ダレノ メイレモ ウケナイ タダ ハカイ スルノミ」
・なんか高圧ガス的な圧力が加えられた鉄パイプ的なナニに貫かれて、やたら強いっていうか1コインクリアさせる気が無い個体は死ぬ。
平野耕太先生。こっちのほうが面白そうでしょう?
2010年9月12日日曜日
モスラ3 キングギドラ来襲
@駄作
@っていうか、なぜこれを興行しようと思えた?
現在に至って平成『モスラ』シリーズは特撮ファンから無視されている。原因はその特殊効果の酷さにある。
『ゴジラVSデストロイア』でゴジラを休業させた東宝だったが、来年の正月に何を興行するのかと思いきや節操無く『モスラ』を発表。だれもが1961の大作『モスラ』のリメイクかその続編を想起させる予告編だったが、翌年、劇場に足を運べば、これがテッケレツのパァ(最低映画館風に)
おそらく平成ゴジラシリーズの半分かそれ以下の予算で制作されており、内容は子供向けにシフトチェンジ。
この「子供向け」というのが、昭和ゴジラの低迷の反省を全く活かしておらず、ただただ押し付けがましい教訓話を強引に引き合いにしながら続く、ショーモないホームドラマと、敵かモスラのいずれかが有利で面白みの無い戦いが続く。
「世代交代を明確に示す新・モスラ誕生」という本作の見せどころ流れに到るまでの全てが酷過ぎる。
翌年には、『モスラ2』を発表、大怪獣ガルーダよりも硫酸で漁師を焼き殺すヒトデの方がよっぽど怖いという本末転倒。
二作が子供に訴える「環境問題」については、子供に教えるというよりは、問題の解決を子供の将来に押し付けているようにさえ思える。
そしてトチ狂った東宝が最後に仕掛けたのがこの『モスラ3』である。
もはや内容はモスラでも子供向けでもない、『ゴッドマン』に近い。
3人の小美人の属性が『ゼルダの伝説』のトライフォースを盗用するに始まる。しかも本編に一切絡まない不要な設定。(当方の駄作評にて定着してきたが、糞映画の第一条件なんです。無意味な設定は)
続けて「嫌いな物を食べるのは自分に嘘を付いたことになる!」という小役の訴え。
しかもコレを黙々と聞き入れる父親が大仁田厚。とりあえずそんなガキ殴っとけよ!
で、我らがキングギドラ尊が上空を飛んで市街地をモリモリ破壊。ここはまあ面白い(約3分ちょっとカップラーメン作るときもこれで退屈しないね!)
しかし、キングギドラ尊の目的がセコ過ぎる。幼児誘拐だもん。
『学校の怪談』シリーズの妖怪と同じノリ。っていうかアレよりも特殊効果が酷い。子供がペラペラの紙みたいになってノイズが走って、ギドラ尊の富士樹海基地にワープする。あまりにも安っぽいぞこの特殊効果。小美人の一人がこの模様を「二億年も生きていたらこんな能力が身につくのか!」の一言で説明してしまうが全然意味がわからない。
小美人の珍プレーは他にもある、主人公に対面して、
小美人「お名前は」
「園田」
小美人「園田なにさん?」
「園田翔太」
迷子センターかよ!
この後も、子供たちを探して洞窟でさ迷う大仁田(以後、劇中で一切活躍はない)や、第一ラウンドでキングギドラに圧倒されたモスラに、園田翔太君が「がんばれ!」と声を賭けられると「キューン!キュワーン!」と相槌をを打つ律儀なモスラなど、ツッコミには事欠かない。
まあ、この辺はむしろ笑えるので許すが、本作は前記の通り特撮効果の酷さ故に、特撮ファンから無視されている。
その真骨頂たるが、タイムスリップして若い頃のキングギドラを殺そうってパート。
(『ゴジラVSキングギドラ』の頃に同じく、タイムパラドックスの考察は一切なされていない。キングギドラが恐竜を滅ぼしたという設定なのだが、キングギドラ倒したら恐竜が滅ばないので、未来が変わって人類栄へんやろが!)
ここ、恐竜も勿論出てきますが、新しい着ぐるみを作る予算なんざありません。挙句にCG技術を持っていないので、ミニチュアで再現しておるのですが、ほんと、油粘土かなんかで作られたとしか思えない悲惨な造詣(夏休みの工作みたいな)で、見ているこっちは発狂しそうになりました。恐竜も恐竜なら、セットもセットで、てんで駄目。トイレのタンクの上蛇口に石敷いてそこにひっつける椰子の木のオモチャみたいなのがアホみたいに植えられてる。
以上の やる気無い特撮を散々見せられた後に、キングギドラとモスラの第二ラウンドに突入すが、駆け引きや、怪獣プロレスの要素は一切なく、キングギドラにまったく見せ場の無いままに装甲化したモスラの圧勝で映画は終わる。
なお、本作のキングギドラとモスラの戦いは全て、富士の樹海で行われている。なにも破壊される対象もなく、盛り上がりのバトルは東宝特撮の醍醐味というものを一切体現できていない。
そんな平成モスラシリーズでも褒められる所はある、悪者の小美人ベルベラと、進化するモスラだ。前者は老け顔だが後年のゴスロリ萌を先駆けてるし、進化するモスラは紛いなりにも子供向けというコンセプトを生かした唯一の良設定だ(ポケモンのパクリでもな!)
しかし、ソレに付けても酷い。
本作を擁護する似非特撮ファン曰く、「低予算の割に頑張った」「子供向けのエンターテイメント」
だアホ。
低予算の割に頑張るって言うのは、愚にもつかないタイムスリップに恐竜の模型を映さないようにする為に、そこを省略できて初めて頑張ると言えるのだ。
そもそも平成ガメラシリーズの予算は5億円と、こちらも平成ゴジラシリーズの半分以下の予算なのだ。そいつと比べて本作はどうだ?お粗末すぎる。
彼らは云う、「平成ガメラは"子供向け"ではない。」と、私は当時、子供の時分に劇場で本作を見たはずだったのだが、100円でビデオ漁るまで本作の存在を忘れている。一方で平成ガメラ燦然と記憶の中に輝いている。故に本作は「子供向け」どころか「子供に忘れられる」映画になっている。面白くないからだ。
東宝が上記のような自称特ファンの支えがあると勘違いしてる以上。日本の特撮の未来はいくらガメラが頑張っても暗い。
@っていうか、なぜこれを興行しようと思えた?
現在に至って平成『モスラ』シリーズは特撮ファンから無視されている。原因はその特殊効果の酷さにある。
『ゴジラVSデストロイア』でゴジラを休業させた東宝だったが、来年の正月に何を興行するのかと思いきや節操無く『モスラ』を発表。だれもが1961の大作『モスラ』のリメイクかその続編を想起させる予告編だったが、翌年、劇場に足を運べば、これがテッケレツのパァ(最低映画館風に)
おそらく平成ゴジラシリーズの半分かそれ以下の予算で制作されており、内容は子供向けにシフトチェンジ。
この「子供向け」というのが、昭和ゴジラの低迷の反省を全く活かしておらず、ただただ押し付けがましい教訓話を強引に引き合いにしながら続く、ショーモないホームドラマと、敵かモスラのいずれかが有利で面白みの無い戦いが続く。
「世代交代を明確に示す新・モスラ誕生」という本作の見せどころ流れに到るまでの全てが酷過ぎる。
翌年には、『モスラ2』を発表、大怪獣ガルーダよりも硫酸で漁師を焼き殺すヒトデの方がよっぽど怖いという本末転倒。
二作が子供に訴える「環境問題」については、子供に教えるというよりは、問題の解決を子供の将来に押し付けているようにさえ思える。
そしてトチ狂った東宝が最後に仕掛けたのがこの『モスラ3』である。
もはや内容はモスラでも子供向けでもない、『ゴッドマン』に近い。
3人の小美人の属性が『ゼルダの伝説』のトライフォースを盗用するに始まる。しかも本編に一切絡まない不要な設定。(当方の駄作評にて定着してきたが、糞映画の第一条件なんです。無意味な設定は)
続けて「嫌いな物を食べるのは自分に嘘を付いたことになる!」という小役の訴え。
しかもコレを黙々と聞き入れる父親が大仁田厚。とりあえずそんなガキ殴っとけよ!
で、我らがキングギドラ尊が上空を飛んで市街地をモリモリ破壊。ここはまあ面白い(約3分ちょっとカップラーメン作るときもこれで退屈しないね!)
しかし、キングギドラ尊の目的がセコ過ぎる。幼児誘拐だもん。
『学校の怪談』シリーズの妖怪と同じノリ。っていうかアレよりも特殊効果が酷い。子供がペラペラの紙みたいになってノイズが走って、ギドラ尊の富士樹海基地にワープする。あまりにも安っぽいぞこの特殊効果。小美人の一人がこの模様を「二億年も生きていたらこんな能力が身につくのか!」の一言で説明してしまうが全然意味がわからない。
小美人の珍プレーは他にもある、主人公に対面して、
小美人「お名前は」
「園田」
小美人「園田なにさん?」
「園田翔太」
迷子センターかよ!
この後も、子供たちを探して洞窟でさ迷う大仁田(以後、劇中で一切活躍はない)や、第一ラウンドでキングギドラに圧倒されたモスラに、園田翔太君が「がんばれ!」と声を賭けられると「キューン!キュワーン!」と相槌をを打つ律儀なモスラなど、ツッコミには事欠かない。
まあ、この辺はむしろ笑えるので許すが、本作は前記の通り特撮効果の酷さ故に、特撮ファンから無視されている。
その真骨頂たるが、タイムスリップして若い頃のキングギドラを殺そうってパート。
(『ゴジラVSキングギドラ』の頃に同じく、タイムパラドックスの考察は一切なされていない。キングギドラが恐竜を滅ぼしたという設定なのだが、キングギドラ倒したら恐竜が滅ばないので、未来が変わって人類栄へんやろが!)
ここ、恐竜も勿論出てきますが、新しい着ぐるみを作る予算なんざありません。挙句にCG技術を持っていないので、ミニチュアで再現しておるのですが、ほんと、油粘土かなんかで作られたとしか思えない悲惨な造詣(夏休みの工作みたいな)で、見ているこっちは発狂しそうになりました。恐竜も恐竜なら、セットもセットで、てんで駄目。トイレのタンクの上蛇口に石敷いてそこにひっつける椰子の木のオモチャみたいなのがアホみたいに植えられてる。
以上の やる気無い特撮を散々見せられた後に、キングギドラとモスラの第二ラウンドに突入すが、駆け引きや、怪獣プロレスの要素は一切なく、キングギドラにまったく見せ場の無いままに装甲化したモスラの圧勝で映画は終わる。
なお、本作のキングギドラとモスラの戦いは全て、富士の樹海で行われている。なにも破壊される対象もなく、盛り上がりのバトルは東宝特撮の醍醐味というものを一切体現できていない。
そんな平成モスラシリーズでも褒められる所はある、悪者の小美人ベルベラと、進化するモスラだ。前者は老け顔だが後年のゴスロリ萌を先駆けてるし、進化するモスラは紛いなりにも子供向けというコンセプトを生かした唯一の良設定だ(ポケモンのパクリでもな!)
しかし、ソレに付けても酷い。
本作を擁護する似非特撮ファン曰く、「低予算の割に頑張った」「子供向けのエンターテイメント」
だアホ。
低予算の割に頑張るって言うのは、愚にもつかないタイムスリップに恐竜の模型を映さないようにする為に、そこを省略できて初めて頑張ると言えるのだ。
そもそも平成ガメラシリーズの予算は5億円と、こちらも平成ゴジラシリーズの半分以下の予算なのだ。そいつと比べて本作はどうだ?お粗末すぎる。
彼らは云う、「平成ガメラは"子供向け"ではない。」と、私は当時、子供の時分に劇場で本作を見たはずだったのだが、100円でビデオ漁るまで本作の存在を忘れている。一方で平成ガメラ燦然と記憶の中に輝いている。故に本作は「子供向け」どころか「子供に忘れられる」映画になっている。面白くないからだ。
東宝が上記のような自称特ファンの支えがあると勘違いしてる以上。日本の特撮の未来はいくらガメラが頑張っても暗い。
2010年6月26日土曜日
アウトレイジ
@名作
これまでの北野武監督の作品は、自身のナルシズムとニヒリズムを徹底的に貫いてきた。ナルシズムという表現をしたら妙な話だが、彼の本業は芸人(英語で言うコメディアン)である。徹底的に自分自身を研究し、追求し、発狂しなければなれない、笑とは名ばかりの修羅のみちなのである。
これまで、自分の体を張って"表現"を行って来て、自分主体でない物を考えるほうが難しいに違いない。だから恥ずかしがらず、「どうだ?カメラ写りはいいだろ?」と堂々と笑顔で答えなきゃダメな訳。
そうしたナルシズムとニヒリズムが先鋭化し、且つ、旧体化したヤクザ映画を否定したのが最高傑作である『ソナチネ』である。
そして、ナルシズムとニヒリズムをより多角化させ挑んだのが、かつて否定したヤクザ映画の潮流に乗った『アウトレイジ』、最高傑作その2である。
まず、北野武が『ソナチネ』で否定したのは、ショーモないTVドラマ並にVシネが量産された時期のヤクザ映画であって、ヤクザ映画そのものの否定ではない。そもそも彼は『仁義なき戦い』のファンを公言している。氏のアイデアが盛り込まれたファミコンゲーム『たけしの挑戦状』の劇中劇に『やくざ対やくざ』という「つまんねーえいが」があり、この頃から既にやくざ映画の先行きの暗さを見据えていたとしたらその先見性に驚かされる。
また、深作欣二が任侠映画を脱して以来、ヤクザ映画は日本固有の映画のジャンルであり、ビデオオリジナル作品でありながら現在も量産されている。このビデオ映画専門のオタクが存在するぐらいだ。多くは凡庸かそれ以下だが、確実に見ごたえある作品や名作も存在する(例、『新・仁義の墓場』、見ごたえ"だけ"なら『修羅のみち』)
『アウトレイジ』は北野武監督によるジャンル・ヤクザ映画であり、このジャンルでも面白い映画は撮れることを再認識させてくれる。
"俳優(本業:お笑い芸人)"ビートたけし演じる、大友は末端組織の組長で、暴力だけでヤクザ稼業で飯を食ってきた凶暴な老人だ。カッターナイフで指を詰めようとするヤクザを見てニヤニヤ笑い、挙句、カッターを取り上げてそいつの顔面をメッタ切りにする強烈なサディストだ。ビートたけしが演じてきたヤクザの中でも完全に異質の存在である。デビュー作『その男、凶暴につき』以来の暴力的な人間だ。
従来作では、周囲のヤクザが、落ち目に入って一廉の人物であるような姿を見せ、たけしもその内の一人であるが、狂気を内包させて描かれる。その様は、暴力的というよりは静かなトリックスター的な存在だった。
本作は上記の通り、ニヒリズムの多角化を見せており、終盤で化けるオールマイティーなトリックスターは存在せず、様々な種類の極悪人どもが内部抗争で暗躍をする事となる。
その極悪人どものキャスティングに関しては完璧である。
此処には列挙できないが、名だたる俳優全員が名演を披露する。
序盤こそ、Vシネと大して変わりないストーリーラインが提示されるが、徐々抗争は雪だるま式に巨大化していき、誰もが映画内で描かれる抗争の終点を予想する事ができなくなるだろう。
『アウトレイジ』は、『仁義なき戦い』を超えたヤクザ映画の一本である。
これまでの北野武監督の作品は、自身のナルシズムとニヒリズムを徹底的に貫いてきた。ナルシズムという表現をしたら妙な話だが、彼の本業は芸人(英語で言うコメディアン)である。徹底的に自分自身を研究し、追求し、発狂しなければなれない、笑とは名ばかりの修羅のみちなのである。
これまで、自分の体を張って"表現"を行って来て、自分主体でない物を考えるほうが難しいに違いない。だから恥ずかしがらず、「どうだ?カメラ写りはいいだろ?」と堂々と笑顔で答えなきゃダメな訳。
そうしたナルシズムとニヒリズムが先鋭化し、且つ、旧体化したヤクザ映画を否定したのが最高傑作である『ソナチネ』である。
そして、ナルシズムとニヒリズムをより多角化させ挑んだのが、かつて否定したヤクザ映画の潮流に乗った『アウトレイジ』、最高傑作その2である。
まず、北野武が『ソナチネ』で否定したのは、ショーモないTVドラマ並にVシネが量産された時期のヤクザ映画であって、ヤクザ映画そのものの否定ではない。そもそも彼は『仁義なき戦い』のファンを公言している。氏のアイデアが盛り込まれたファミコンゲーム『たけしの挑戦状』の劇中劇に『やくざ対やくざ』という「つまんねーえいが」があり、この頃から既にやくざ映画の先行きの暗さを見据えていたとしたらその先見性に驚かされる。
また、深作欣二が任侠映画を脱して以来、ヤクザ映画は日本固有の映画のジャンルであり、ビデオオリジナル作品でありながら現在も量産されている。このビデオ映画専門のオタクが存在するぐらいだ。多くは凡庸かそれ以下だが、確実に見ごたえある作品や名作も存在する(例、『新・仁義の墓場』、見ごたえ"だけ"なら『修羅のみち』)
『アウトレイジ』は北野武監督によるジャンル・ヤクザ映画であり、このジャンルでも面白い映画は撮れることを再認識させてくれる。
"俳優(本業:お笑い芸人)"ビートたけし演じる、大友は末端組織の組長で、暴力だけでヤクザ稼業で飯を食ってきた凶暴な老人だ。カッターナイフで指を詰めようとするヤクザを見てニヤニヤ笑い、挙句、カッターを取り上げてそいつの顔面をメッタ切りにする強烈なサディストだ。ビートたけしが演じてきたヤクザの中でも完全に異質の存在である。デビュー作『その男、凶暴につき』以来の暴力的な人間だ。
従来作では、周囲のヤクザが、落ち目に入って一廉の人物であるような姿を見せ、たけしもその内の一人であるが、狂気を内包させて描かれる。その様は、暴力的というよりは静かなトリックスター的な存在だった。
本作は上記の通り、ニヒリズムの多角化を見せており、終盤で化けるオールマイティーなトリックスターは存在せず、様々な種類の極悪人どもが内部抗争で暗躍をする事となる。
その極悪人どものキャスティングに関しては完璧である。
此処には列挙できないが、名だたる俳優全員が名演を披露する。
序盤こそ、Vシネと大して変わりないストーリーラインが提示されるが、徐々抗争は雪だるま式に巨大化していき、誰もが映画内で描かれる抗争の終点を予想する事ができなくなるだろう。
『アウトレイジ』は、『仁義なき戦い』を超えたヤクザ映画の一本である。
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