2012年8月16日木曜日

『ダークナイト・ライジング』


@凡作

完成度(荒の少なさ)に関して言えば『ダークナイト』には劣っている上に、荒唐無稽でいちいち回りくどい物語展開、所謂どんでん返しの致命的な失敗。

どの点から見ても粗雑大量生産のジェットコースタームービーに成り下がっている。いや、クリストファー・ノーラン監督はむしろこの手のジェットコースタームービーを撮れない監督と見られていたのである意味で新境地という言葉も使える。

結果として三部作とも、テーマもタッチも異なる三部作となってしまった。
第一作『ビギンズ』では、SF要素を汲んだバットマンの誕生譚。
第二作『ダークナイト』では、SF要素は薄くなり犯罪映画としてのジョーカーの再構築。
第三作『ライジング』では……ただひたすら観客の裏をかくことばかりに集中したディザスタームービーだ。

言うまでもなく本作はアメコミの実写化だ。ディザスター=ヴィランのベイン。ジョーカーとは異なりバットマンを倒すために比較的最近に描かれた古今の悪役の最小公約数としての魅力はこの映画においても十分である。
ジョーカーの時と同様に、原作から大幅にデザインが変更され論争の的となったベインはWWEのステロイド使用の悪役レスラーのような原作のデザインからMMAのファイターのような潤滑剤としての適度な体脂肪も備える肉体をトム・ハーディーは肉体改造を経て演じた。
前作におけるジョーカーはピエロからロックスターに改変された為、ジョーカーにとってはとても重要なウザさとかキモさの要素が薄かったので「カッコいいけどちょっと違くない?」と筆者の脳内で素晴らしい悪役である一方でジョーカーと認められない葛藤で右往左往する事となる。
だが今回の改変はキャラクターを時代背景に合わせた英断だった。静止画でこそ似ても似つかないベインであったがフィルムの上では「実際にベインがいたらまさにコレだ」と納得できるほどの実写化を果たしている。
個人的には前作のジョーカーよりも好きだ。っていうか咄嗟のユーモアや部下の扱い、人質の使い方などジョーカー以上にジョークがキツイ。

以上の怪物ベインの引き起こす“バットマンを苦しめる為のゴッサム・シティ壊滅計画”意味不明すぎて混迷の一途を極めることとなる。
結果として主人公のブルース・ウェイン=バットマンがストーリーからについて行けず置いてきぼりになっている。
その為、遅れから追いつくべく劇中で2度(観ようによっては3度)あるバットマンの復活がいずれもカラッと流されてしまっている。
ダークナイト・ライジング=立ち上がれ!バットマン!の意なんだけど、このカタルシスの無さはがっかりせざるを得ない。

“バットマンを苦しめる為のゴッサム・シティ壊滅計画”には『ダークナイト』でジョーカーに勝利したものの、警官権力を暴走させた“デント法”の為に格差が広がったゴッサム市民を暴徒に代えてバットマンを苦しめようともするのだが、
肝心の暴徒化する市民の描写が少なすぎる。むしろベイン率いる囚人部隊に怯えて引きこもっている描写の方が圧倒的に多いのでどうみてもベインの試みが失敗しているようにしか見えない。
“主人公を殺す為だけの暴走族連合”作った『スーパー・マグナム』でももっと暴徒化した市民の混乱を上手く描いてたぞ!

“バットマンを苦しめる為のゴッサム・シティ壊滅計画”は序盤のゴッサム爆発しろ(物理)は意味不明で唐突な場面が多いのだがなんだかんだで成功して勢いがあるので「ベインだからできたのかなー」と観客を騙せたんだけど、
ゴッサムのリア充爆発しろ(精神)の所で失敗されたもんだから「やっぱだめじゃんベイン」と、終盤の失速を許す事になってしまう。おまけに不要などんでん返し付きだった。

一方でアン・ハサウェイが演じたキャットウーマンは正ヒロインの役目を十分に果たした。『リターンズ』のミシェル・ファイファーのはSMの女王様とヤンデレが入っててキャラの立ちこそ凄まじかったが、この度は無事に健康的なお色気を振り撒くツンデレさんになっている。ジョーカーとかモルとかヤンデレ大好きなクリストファー・ノーランの前科を考えるとキャットウーマンマジ天使でした。ありがとございました。

ノーラン版バットマンシリーズの総評として文句言いたいのはバットマンが弱すぎるのである。
『ビギンズ』はまぁ誕生譚だから仕方ない。『ダークナイト』では不殺生ゆえにジョーカーに苦しめられるが最後はゴッサム・シティの市民と共に倒した。
『ライジング』ではゴッサム・シティが丸ごと人質に取られているので不殺生もあっさりと捨てているんだけど……バットマンって正統派ヒーローの志す不殺生とまた違っているんだよね。
基本、卑怯な手段で戦っている人だ。暴虐なギャングやマフィアを相手に悪魔の如き狡猾な頭脳で戦ってる。彼の不殺生は自らがギャングやマフィアと同じレベルに落ちない為の枷であり、ギャングやマフィアよりも頭が回るから実現できているんだよ。ギャングやマフィアと同じレベルに立たないから持つことができた悪魔の頭脳をもって戦うんだよ。
ノーランはそこをおざなりにしてしまい“不殺生のせいで無理している”ように描いている。
さっきも『スーパー・マグナム』のタイトルを出したけど、デス・ウィッシュシリーズは「殺すことで無理している」ポール・カージーが2作目のラストと3作目以降の妖怪弾幕ジジイと化して強くなったカタルシスがあったんだけど、
ノーランのバットマンは最後まで「不殺生のせいで無理している」ままだったのが納得出来ない。『ビギンズ』のラスト、『ダークナイト』のラストなどでは「不殺生でも頑張れる」ような希望のあるラストを毎回だしておいて、
『ライジング』において「不殺生さえ破れば実力はこんなもんだぜ(ドヤ)」ってのはほんとに「ノーランあんたバットマンの事本当はそんなに好きじゃないんじゃないの?」って話になる。

そもそも正体が頻繁にバレている。劇中で「怪しいと思っていた」「ああブルースの“お友達”ね」「あっそうか、ブルースぐらいの金持ちなら納得だ」とかそら引退を考えるわ!

一方で毎回批判されているアクションシーンだけど、おれはアリなんだよね。『仁義なき戦い』みたいな無茶苦茶なカメラワークとかシンプルなしばき合いとか撃ち合いとか、CGの無いころの雄臭いやり方が好きなんだよ。
カサンドラ獄中記の加藤ヨシキさんは本作を「マイケルベイがギャグでやる事を真面目にやっている」と評されたが、オレは逆で「マイケルベイがチャラチャラしている所を硬派一直線でやりぬいた」と評価したい。
マイケル・ベイは好きだけど、ノーランのやり方も好きなんです。

正味、バットマンとしては『バットマン・フォーエバー』と同じぐらい、SF要素としては『ゴジラVSキングギドラ』と同じぐらいドリトスと炭酸水の進む見てて楽しい映画でした。

・二回目鑑賞後(ネタバレにつき反転)

つーか、この映画ラーズ・アル・グールいらなくね?

原作どうりで「バットマンより優れた存在である事を証明する為」というマッチョイズム全開のベインの方が映画の荒少なくね?

つーかタリアいらなくね?

タリアのせいでこの映画、ノーランバットマン完結編というよりも「童貞こじらせたロリコンのマスク男が非リア主張する金持ちのクリスチャン・ベールをボコボコにする」という

ノーラン版『革命戦士 犬童貞男』じゃねーかよ!後半の失速具合まで完全実写化だよ!

本作のベイン先生とタリア嬢の経歴を並べるとこんな感じになっただよ!

ロリア「ママ~ママ~(涙)」
べイン「ボーイッシュ美少女キタコレ!俺の時代きたよこれ!ロリアちゃんはボクが守る!」

ロルア「ベイン!ベイン!助けにきたよ!」
べイン「タリアちゃんまじ天使」

ラーズ「ベイン君だったよねー、悪いけど娘に付きまとうのはやめてくんないかなー、娘はリア充イケメンの大金持ちを婿入りさせたいんだよー。時代はガン=カタですよガン=カタ」
ベイン「リア充爆発しろ!」

ラーズ「私が爆発しました」
タリア「え?」
ベイン「え?」

ベイン「こうなったらお父様とバットマンを超えてタリアちゃんとトゥルーエンド目指す」

ビッチ「バットマンwwwベッドの上じゃマジアメリカンサイコwwwつーか体の相性マジガン=カタwww」
べイン「」

ビッチ「ブルース……守れなかったゴッサムと市民と同じ炎で焼けしになさぁい。乳酸菌とってるぅ?つーかこれヤンデレ?マジオタクwwwウチきめぇwww」
ベイン「」
ビッチ「ベイン。得意のキモさでブルース逃げないように焼き入れといて。ばいばい」

ベイン「バットマン爆発しろ!」※ベインが爆発しました

なんなんだよこいつは……

『スパイダーマン』のMJだってここまでビッチじゃねーよ!

かわいそうだろ!ベインかわいそうだろ!謝れよ!ベインに謝れよ!このビッチ!オレが指を一本ずつ圧し折ってやるからその間祈るように謝れよ!ビッチ!
トム・ハーディーにも謝れよ!ジョーカー以上のヴィランから犬童貞男にされたトムに謝れよ!ビッチ!
悪バレした時も明らかにメイク変わってるじゃねーかよ!ビッチ!
なんだよーなんなんだよービッチはなー童貞狩りをしてアヘ顔Wピース晒すから神ビッチなんでしょーがー
MJといいタリアといいそんなビッチはいらないよー
ジェイソンさーんフレディーさーんここでーすここにビッチがいーまーすー
ムカデ人間の真ん中にされちまえービッチー