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2010年10月6日水曜日

学園黙示録ハイスクール・オブ・ザ・デッド

@擁護不可能のゴミ
@制作関係者に不幸が起これば本編よりも楽しめる自信がある


00年代の“萌”史上主義が日本のアニメを如何に衰退させ事を象徴するような駄作。

10年に一度の駄作は恐らく『コードギアス反逆のルルーシュR2』で決まりかと思われた矢先原作が登場し、筆者を激怒させるという偉業を達成。
ギアスは一期の成功を完全に破壊したというのが大きいが、コレは徹頭徹尾駄目。

原作に忠実であるにも関わらず駄目。要するに原作からして観賞に耐えられない駄作なので平行してレビューしようと思うのだが、擁護不可能とあるように全編を構成する最低要素の尽くを私の力量で列挙できるかいささか不安である。

本作はゾンビ作品の造詣に詳しい者ほど楽しめないという非常に珍しい傾向を持っている。端からゾンビ映画のファンを商売の相手と見ていないゾンビアニメなのである。

例えばタイトルに学園黙示録とあるがゾンビ映画の基本である篭城を日本の高校で再現することは無い。原作一巻の後半に入った時点で学園から脱出してしまう。
あまりに短かった為、原作に至ってはコミックが進むにつれてオマケという形で学園にゾンビが発生した顛末を補完している。
そしてアニメにおいてはそのシークエンスを全て第一話に再編成される始末である。

これを私が脱構築と褒められないのは、追加シーンを含めて主人公たちが他のゾンビ作品の主人公達よりも優れた脱出計画を立てたとか脱出の努力を行ったのではなく、淡々とさも当たり前のように脱出に成功しているのである。工夫というものが一切合切感じられない。

ゾンビに至っては視覚を失って聴覚で反応しているという設定がある。恐らく元ネタは『バイオハザード2』のリッカーであろうが、そもそもリッカーはあのグロテスクな容貌に、第一作におけるハンターに近い立ち位置である。ゾンビよりも強いが故に目が見えないというハンデを与えられているのだ。これはドラキュラにニンニクや十字架という弱点があるような妥当な設定だ。しかし、本作ではゾンビが視界を奪われた暗闇で有利という描写すら無くただただ他作品と比較して脆弱な個体となっている。
まあ、高校生=ガキが相手にする上に、銃の無い日本が舞台なんだから必要な設定だろうと思っていると、主人公たちは日本では有り得ない事に簡単に重火器を入手してしまうのである。

この時点で本作は、主に米国で生産されるゾンビ映画を、日本を舞台に置き換えた際にシュミレーションすべきである銃規制という環境下でのゾンビとの戦いを完全に放棄している。しばしばコメディーと評される『ショーン・オブ・ザ・デッド』でさえこの考察に踏み込んでいた。

その経緯があまりにもお粗末も良い所で、運良くゾンビになっていない警官の遺体から、拳銃を手に入れるまでは良いとしても、主人公らに同伴する保険医の友人が警察の特殊部隊で、マンションの一室に馬鹿みたいにデカいライフルやら散弾銃を弾と一緒に3丁も置いており、それを無断に拝借する。果てには右翼団体の庇護受けるなど、日本において深刻な火力不足という事態に一介の高校生が全く陥らないのである。

この緊張感の無さに拍車をかけているのが“萌え”を重用した陳腐以下のキャラクター群像である。

この作品のメインキャラクターは主人公以外に男が居ない。もう一人、居ることは居るのだがデブのガンマニアというモテ無い街道まっしぐらのオタク君(モデルは平野耕太らしいが俺は認めない)。それ以外は全員女性という緊張感0のパーティー。

特に主人公らの同伴者である保険医だが、街中にゾンビが居るという非常自体であるにもかかわらず、彼を守る大人という認識というものがなく、酔っ払て主人公に欲情し甘えたり、ブランド物服を破られて怒るなどといった、手のかかるお姉さんというキャラクターが全面的に押し出されており大人不在という最低系ラブコメから引用されたような人物である。

続いて剣道部の毒島ついてはただただ不愉快でしかない。
マンガとしか形容できない武家口調の彼女を大和撫子キャラとして萌えの対象と捉えているファンが居るが、下賎であることもはなはだしいというもの。初登場時に噛まれた生徒を生きてる内に撲殺するというインパクトは評価するものの、その後は服が濡れれば、裸エプロンにTバックで主人公の前に堂々と現れたりゾンビを殺せば「濡れる!」とサディストの色情狂にしか見えない。特にゾンビや暴漢を相手に立ち回って性的興奮をするなどとは本作に限らず性的サディズムと敵への加虐欲を一緒くたにした底の浅いキャラクターの典型ともいえる。その後も和服を着たりるなど形式ばった大和撫子を作り手は演出するのだが、やるだけキャラクターが浅さが露呈されるだけ。黒髪美少女が刀振り回してゾンビを狩り殺す事に文句言いたいのでは無いが毒島はただのテンプレートの寄せ集め。虚数の塊だ。

第8話におけるようやくピンチといえるピンチに陥る描写もひどい物で、ハマーみたいな大型車両に主人公一味はほぼ無傷で乗っているのだけれど、放置されたゾンビ用のバリケードに行く手を遮られるのだけれど、このバリケードがDVDで修正されるんじゃないだろうかってぐらいのスッカスカのワイヤーで作られている。ほんと、大人2、3人一変に通れるぐらい。

後ろからゾンビがやってきてみんな戦い始める。この戦い方もヒデーの。JKの巨乳を三脚代わりにライフルぶっ放すわ、その銃弾を追ってカメラがが上記の侍(笑)ガールの股間の間を通り抜けて食い込みパンツのドアップ。続く2発目は、侍ガールの揺れる乳と乳の間を間一髪ですり抜けちゃうの。

金網がスカスカなのはこんなくだらないシーンに時間をかけて作画スタッフが手を抜いたのかよ?

かくもゾンビの頭がパーンとか、仲間がゾンビに食われるとかいうゾンビ作品の醍醐味は起こらないまま。侍ガールと主人公は、散々乳やらパンツやら晒した挙句、余裕綽々とゾンビの群れを素の足で突破する・・・

つーかさー、こいつら重火器持ち歩いてるのにスッカスカのワイヤーを切れるようなペンチすら用意してないのかよ!
例えばゾンビに追い詰められたシーンで「そうだ!金網を切れ!早く!車載工具使え!」って流れになって、仲間たちが撃っても撃ってもやってくるゾンビの中で車載工具にあったバールで無理矢理に金網をねじ切っていって、人ひとりギリギリで通れる穴を空けて金網を突破。主人公らは難を逃れるが仲間の一人が・・・って流れならハラハラしておもろいんとちゃうん?

ていうかデブ(平野耕太とは認めない)は、武器の知識満載の癖にレザーマンの十徳プライヤーぐらい携帯しといてよ!男のロマンは銃撃戦<<ワイヤー切って要塞潜入といえばミリオタの義務じゃろがい!(ゴリエ風に)

このように浅い知識でゾンビを射撃の的程度にしか認識していない、世のゾンビマニア達には腹立たしい内容なのである。
たしかに『バイオハザード』はゾンビ虐殺ゲームという評価もあって、射撃の的ではあるんだけど、あれはまだ「ゾンビと戦える」という発想の黎明期のものだし、後年の『デッドライジング』もゾンビ虐殺ゲームには違い無いし、終盤フランクが強すぎたり、銃の優位性が皆無等は私的に評価を落とさざる得ない。
だが、これらは『ゲーム』であってクリボーにまでキャラクターは要求されない、それどころか両ゲームのゾンビはちゃんと作品のアイコンとして機能している上に、プレイヤーの攻撃によって倒されるその瞬間、血と肉の華と開花する時、確実に主人公よりも輝いて描かれている実質主役と言ってもいい。そもそも両者は倒しても倒しても現れる恐怖をしっかりと描いているし、ゲームオーバーも有り得る。

しかしアニメでそれをやるのはどうなんだ?本当に没個性な射撃の的だもん。強力な個体や以上に目に付くファッションのゾンビなんていやしない。主人公らの攻撃力が衰える事は無く(ハーブを食う代わりに精々JKが風呂入る程度)せっかくゾンビがえげつない死に方する時でさえ主人公やヒロインのほうが輝いて描かれている。同じことは『実写版バイオハザード』にも言えるが、本作は一つ頭飛び抜けて酷い。『実写版バイオ』は一応ヒロインアクションとしてはしっかりと作られている上に、スプラッターシーンにも趣を置いている。

本作は例えるならば、自分の考えたゲームの内容をベラベラと喋り始めた挙句に「ここで裏技が使える」と悦に浸って妄想を垂れ流されたようなものだ。しかも20分x12話=240分延々と。

しかし、本作。コレだけでアキバ系のお兄ちゃんの人気になったのではない。全編に頻繁に挿入されるネトウヨ的な未熟な政治的見識を全肯定するシーケンスの数々。

例えば、主人公らが武器を手に入れたマンションから見える橋にバリケードが築かれているんだけど、そこに「彼らはゾンビではない!米軍が開発した殺人病ウイルスの犠牲者なのだ!」という世にもぞんざいな反米左派が橋に大挙。その凶行によりバリケードが崩れゾンビと人々が橋の上で入り乱れて、人間屠殺場と化すホラー描写に転換される・・・・・・事は無く、警官が左翼を射殺して事態を収拾させる。

あのー?パニックは?地獄絵図は? 

ていうか、こういう時に大挙するのってプラカードもった学生運動残党じゃなくて子供を抱えた親とか怪我したり噛まれた人かその親族や友人だよね? いや、いないことはないのよ。左翼に対して絶対数が有り得ないぐらい少ないの。むしろ彼らは警察に従順に描かれて、左翼が邪魔をして死んだって展開。

なんつーか、警察という国家権力がネトウヨの嫌いな物を否定するのをやりたかっただけじゃないの?
普通のゾンビ作品はゾンビにこういう役を譲る。ゾンビが左翼の内蔵を掻き分けて残虐な処刑を加えるのだ。観客が見たいものはソレの筈だからだ。
しかし、アニオタの間で増えるネトウヨ層はゾンビよりも国家権力が左翼を殺すのを望んでいるのね。
他にも『狂い咲きサンダーロード』のスーパー右翼みたいな連中が市民を守っているんだけど、ゾンビ化した同胞をオリに入れて要塞で「自己犠牲」や「愛国」などの綺麗事を並べて、保護している市民の前で処刑する。彼らの意思・肉体の強さやカッコよさを前面に押し出しているのだが……ごめんなさい。わざわざゾンビを要塞に連れ込む時点で、保護されている身分でも市民は「キチガイだぁ」って思っちゃうよ。綺麗事まで並べられたら尚更。
あげく原作では彼らを思想派右翼として三島由紀夫を引き合いにしているのだがそれでいいのか!自衛隊のお偉方を人質にして自衛隊員に「クーデターしようぜ!」っていうような人だよ?映画『MISHIMA』劇中でもあのへんの件は、思想派右翼としてではなく、劣等感とコンプレックスの暴挙として描かれてたんだが。

少なくとも「ここのお館様はキチガイだが、ゾンビに対抗できる武力を持ってるから従っておこう」か「あのキチガイをどうにかして縄で包んしまって、自分たちでこの屋敷を乗取ってしまおう」という打算的な見解が人によってぞろぞろ出てくるハズだ。しかし、このアニメには彼らのような小市民的考えの大人は登場しない。右翼の屋敷に保護された大人たちは全員日教組的な左翼思想の持ち主で、「彼らはゾンビではない!米軍が開発した殺人病ウイルスの犠牲者なのだ!」と言い放つような愛国心とやらを忘れた人間しか居ないのだ。

別に右翼がどーの左翼がどーの俺が言いたい訳では無い。というかこんなアニメを引き合いに言ったら馬鹿だと思われることぐらい解ってる。上記の通りで、回りの見えなくなっている災害被害者や、打算的な見解がきる大人の存在を無いことにして進行する右左の二極論で物語が成り立ってしまう事が極めて不自然であるといいたいのだ。ゾンビという災害、パニックを描くストーリーで登場人物を2人しか出さないようなものではないか。

他にもペ・ヨンジュンをゾンビ化させて射殺したりしている。まあ、イ・ビョンホンだとゾンビ相手に大立ち回りをやらかして「コーブラー!!」(ジ~アイジョ~♪)とかやるからヨンジュンなんだろうけど、ヨンジュンもコムド(韓国の剣道流派)・合気道を収めているので、剣道部の女子高生が活躍できる世界ならそこそこ戦える筈だと思うんだけどね。

あと冒頭やENDロールに入る各国の危機的状況の描写が本編の内容と比較して極めてアンバランスに思える。っていうか駄作の定番である無意味な設定の描写だ。

なお、本作はそれなりにヒットしてしまい、第2期の制作が決定している。

・・・ごめんなさい。もっと言いたい事があるんだけどもう悲しくなってレビューできない。

兎に角かような駄作にもファンが付き、スポンサーが歓迎する日本アニメの現状はもはや世界一のアニメ大国などとは言えない危機的状態に陥っていると断言できる。(誰だよ、アニメの殿堂作れとかいったバカは。)

確かに深夜アニメとはいえ、こういう題材が表に出てきたのは評価すべきかもしれない。しかし、逆に言えば“萌コンテンツ”に乗る為には題材を選ばないというスポンサーの底の浅さが露呈した。テレビドラマと変わらないよ。

俺はアニメの娼婦を見たいんじゃない!ゾンビが見たいんだよ!もっと言えば美少女フィギュアなんざ買わねーからゾンビのフィギュア売れ!スポンサー!

と、いうわけで紛いなりにも面白い和製ゾンビアニメのアイデアを箇条書きして本作への溜飲を下げる事にする。

・OPはディルアングレイがものすごいゲロ声で最高のバラードを送ってくれる。ライブでは『残』並に何言ってる解らなくなる。
・主人公は派遣労働者。相棒は土方。
・ヒロインに豊齢線アリ。
・幼女の首を絞めてレイプするキモオタとが出てくる
・ゾンビのリボルテックとかフィギュアがモリモリ販売される。
・ゾンビのデザインはフルチ作品を参考にしておりウジやらゴカイやらの作画が糞リアル
・ゾンビは731部隊が開発した細菌兵器が原因。
・その封印を解いたのが赤ィなんたらっていうテロリスト。目的は帝国主義のネガキャンの為という回りくどさ
・過激派のボスは部下に黙って強盗計画を並行させていて、この騒動で退職金代わりに頂戴しようと目論んでいる。最後に「この金は俺のもんだ!ゾンビのケツを拭く紙になんざさせねぇ!」とかのたまって死ぬの。
・分身の術紛いの高速で移動しながら火の玉ばらまくアホみたいに強い個体が最終鬼畜兵器的に登場する。
・テロリストは復活させたその個体が皆殺しにする「ワタシハ ダレノ メイレモ ウケナイ タダ ハカイ スルノミ」
・なんか高圧ガス的な圧力が加えられた鉄パイプ的なナニに貫かれて、やたら強いっていうか1コインクリアさせる気が無い個体は死ぬ。

平野耕太先生。こっちのほうが面白そうでしょう?

2010年6月5日土曜日

悪党図鑑「ナムル」



知力………8(機転・3 計画・5)「カニパンら少年の活躍が無かったら間違いなく勝っていた」
学力………7(文系・3 理系・4)「A級以上発明家免許を持っている可能性が高い」
技能………8(アナログ・4 デジタル・4)「暴走チップなどの設計能力から考慮」
武力………3(武器・2 格闘・1)「絵に書いたような知将」
生命力……10(肉体・5 精神・5)「心身ともに恐ろしい不死身ぶり」
政治力……10(指導・5 交渉・5)「権謀術数を使い、見事に会社内部を掌握」
権力………9(地位・4 影響力・5)「社長以上の発言力を持ち、彼が与えたロボットへの被害は十分深刻」
性質………8(度胸・5 冷酷・3)「人間には手を出さない。ただし二期では命と引き換えに母星を破壊しようとした。」
ルックス……5(美しさ・3 怖さ・2) 「良くも悪くもニヒルな二枚目」
カリスマ……7(オーラ・5 威圧感・2)「反ロボット派からは英雄・皇帝扱いされている」
ポリシー……10(信念・5 野望・5)「ロボットの意思などプログラムの数列に過ぎん!」
運…………10(チャンス・5 ピンチ・5)「後述するカニパンの存在以外は全てが上手い行っていた」

総合点95 総合評価・・・S

『発明BOYカニパン』時代
ロボットの叛乱、その脱構築であろうナムルは、意思をもつロボットと人間が共存するシャラク星において、「ロボットは人の下に道具であるべき」という信念の持ち主で、“なかよし回路”をもった思考型ロボットの絶滅を目論む。

秀逸なのはその手段で、所謂“悪の秘密結社”というものの実態を持たず、ロボット開発王手のエレックカンパニー社内に隠し部署を作り、ロボットの暴走を誘発する回路、その名も“暴走チップ”を発明。

その目的は、暴走によるロボットの破壊ではなく、「“なかよし回路”を持つロボットは暴走する」というネガティブキャンペーンを展開することであった。

やがて自身が、副社長に収まり、会社の全権を事実上完全に掌握すると、エレックカンパニーにおいてなかよし回路搭載ロボットの開発を完全に停止、さらに新型暴走チップを用いてネガティブキャンペーンを強化。街の公共用のロボットから思考型ロボットを追放する事に成功する。

ここまでは見事に主人公一向を欺き続け、ほとんど計画通りに“なかよし回路撲滅計画”を進めていた。しかし、社長の娘ミルクにその正体を露呈してしまう。

軟禁には成功するも、人間に対しては良心があり、口封じは出来ないと首をかしげていた所に、なかよし回路のリサイクル工場の位置を知る。
そこで、巨大移動要塞を使い、リサイクル工場の直接破壊を決行するが、主人公カニパンらの活躍により失敗に終わる。しかし、リサイクルに必要な材料Kリキッドの多くを駄目にしてしまう事に成功。
Kリキッドの再生の為に旅に出た主人公らの妨害を始めるが最終的には失敗。

逮捕されるが、脱獄。シャラク星から脱出した。

『超発明BOYカニパン』時代

時期は不明だが、その逃走過程で、シャラク星は、より人間に近いアンドロイドにより気象・環境がコントロールされていた事を知ると、「ロボットに支配され生かされてきた」と彼のプライドは許さず、シャラク星の創造主、タイシ博士をトレースしたアンドロイドを破壊、改造。その傀儡に収まる。
そして最悪の事態を考慮して作られた、シャラク星の心臓部を、避難用の新惑星に移動させる、“賢者のプログラム”を悪用し、その新惑星に「思考型ロボットの存在しない理想の帝国」を建造する野望を抱く。
そして暴走事件から5年後、同志を集い、惑星ナムル帝国計画を強行。

「暴走したタイシロボットが、ロボットの為だけの惑星を作り出し、なおかつ賢者のプログラムを発動」というシナリオを描き、脅えたロボット達が泣く泣く、人間を置いて新惑星に移動。しかし、ロボット達をそこで大量虐殺、「タイシロボットと、裏切りもののロボットたちはこのナムルが破壊した」と英雄談にした
挙句「賢者のプログラムは中止が不可能。ならばロボットの為の惑星を奪回し、裏切りもののロボットの存在しない理想郷を作るべき」と主張。
筋書き通り、新惑星に人々は大挙。パニックがピークになる。

ロボットはおろか、人の善意さえ信じないで混乱を嘲笑する有様は『ダークナイト』のジョーカーを先取りしたと言えば大げさだが、前作のように人間には手を出さないかった姿は既に無く。手段を選ばぬ非情の男と化している。新惑星では皇帝に納まり、なかよし回路不要論を絶対とする民衆の統率する気で居たと思われる。

しかし、カニパンらの攻防と、アンドロイドの一体であり、カニパンの恋人であるアンジェリカ(アン)が、新惑星に潜入。賢者のプログラムの中止に成功する。

五年越しの計画が破綻し自暴自棄となったナムルは、二人を新惑星の崩壊で道連れにしようと企むが失敗。いよいよ発狂すると、シャラク星の心臓部を、かつての暴走チップを模した小型宇宙船で攻撃。心臓部をメルトダウン状態にすると、自身もその衝撃波で命を落とした。

しかし、図らずとも強靭な生命力で生存。目を覚ました時には、カニパンら発明家の引き起こした大奇跡、シャラク星の復活を目の当たりにし愕然。挙句、自身の意思を取り戻したタイシロボに「あなたは悲しい人間だ」と、諭される。

しかし、彼は新天地を求めて、宇宙への放浪を開始した。奇しくもその日は、幼い頃から「タイシ博士のようにロボットと人間が仲良く暮らせる惑星を作る」という夢に向け、カニパン達が宇宙へ旅立った日であった……


文章にすると、とんでもない大悪党に思えるが、いかんせん小学生向けのキッズアニメの悪役なので大げさに暴れても、バイキンマンに同じくデフォルメされているので悪役としては怖さという物に欠けている。実際、書いてみて劇中の彼のズッコケと、計画の妙なリアルさの差には筆者が驚いてしまった。
そんなんだから、なかよし回路の撲滅を志した理由が、「家庭教師ロボットのスパルタに耐えられなかった」だもん。もっとも、親の愛情に飢え、ロボットとの友情を育む事ができなかったと約5秒ぐらいモノローグが入ったが・・・・・・
やや出来の悪い続編ではシリアスな秘密結社の親玉になっていたのでそのへんを掘り下げてさえいたら、もう少し面白かったかもしれない。

社長の娘、ミルクも手なずけようとも考えていたが、当のミルクはファザコンじみた我侭をカニパンにぶつけるようになっていた。
また、5年間越しの計画もカニパンと恋仲になったアンドロイドによって頓挫。
彼の計画が悉く破綻したのは主人公カニパンがモテた事に尽きる。

ちなみにナムルを慕っていた秘書は、実に頭が愉快な有様で、クールなナムルと良いコンビであった。

2010年6月2日水曜日

発明BOYカニパン

『発明BOYカニパン』

@なつかしきC級キッズアニメ

本作、制作までの成り立ちが不明慮なアニメ作品の一本である。『スラップスティック』というTVゲームを基にしているまでは解っているが、そのアニメ化なのか、セガサターンでのリメイクを見越した商業展開の一環だったのか、ドリームキャストへの転換期でポシャッタ作品を元にしているのかよく解っていない。
「コロコロコミック」での番宣の内容も、本編の内容と著しく異なっていたとされている。

いずれにしろ、企画が未熟なままでスタートした本編前期と、後期ではスタッフのモチベーションが大きく異なっているようにも思える。

前半は子供向けと明らかに手を抜いているようにさえ思える。ただ、これは「どこまで子供向けに徹するか?」を試行錯誤した結果だとしたら失礼な言いようだが。こども騙しの一言で片付けられた。
そもそもキャラクターのテンプレートぶりが酷く。前半で登場した主人公カニパンの同級生は一人を除いて後期には殆ど登場しなくなる。

一方で後期は、ライバルキャラクターの登場と共にエンジンが温まっていき、主人公らのキャラクターの個性が際立つようになる。
特に悪役のナムルとその秘書のワルノリに拍車が掛かっていく。ナムルに関しては悪役図鑑で書くとして、
人格を持ったロボットと、人間の共存する平和な世界で、西に東と駆け回るドタバタなトラブル解決劇はTV漬けだった子供時代を送っていた人には、懐かしさを持って迎え入れることができるだろう。
結局タイアップの類が最後まで起こらなかった事で、スタッフも予算以外の制約も無かったのだろうか、この低予算キッズアニメは見てる側もストレスレスで見れるファミリー向けへと終盤には昇格を遂げた。

『超発明BOYカニパン』

@ラストで挽回するもC級以下

前作の翌週から放映が開始された。しかし、ドリームキャストを中心としたSEGAなどのタイアップが入り込んだ上に、萌えアニメの台頭が始まったあおりを受けて、痛々しい仕上がりになっている。

第一に、世界の危機が迫っているのに世界観が前作よりも狭まってしまったのはどういう事だ?物語は青年カニパンの家と、世界の裏側を行き来するつまらない物になっている。
第二に、ただでさえ低予算なのにアクションシーンを盛り込んでしまい、作画のクオリティーは見るに耐えない。
第三に、まったく魅力の無い新キャラクターとのラブコメが織り交ぜられた、前半のくだらなさ・・・

ただし、ナムル復活後以降の、惑星崩壊の危機は二転三転と盛り上がりを見せ、最終回前編後編の熱い展開は、前作後期のテンションの高さと、初代トランスフォーマーばりの無茶と、日本アニメ特有の臭い演出が同居した傑作となっている。前作終盤のパーティー+NEWヒロインを加えて旅立つエンディングも好印象だ。

でも上記の3点は本当に見るに耐えない。見てて本気で怒りたくなって来る。優秀の美を飾ったとはいえない。

2010年4月5日月曜日

サマーウォーズ

@凡作

*完全ネタバレ

細川守監督による『デジモンアドベンチャー・ぼくらのウォーゲーム』の実質的なセルフリメイク作品。
『デジモン』はインターネット内部(デジタルワールド)を舞台に、コンピューターウイルス(悪いデジモン)に主人公らがデジモンと共に立ち向かうという内容だが、アニメの後日談で、主人公たちはデジモンと別れ、デジモンワールドにはいない。
そこでパソコンを使って再びデジモンと戦う。
とにかくガキの時分に見ても、傑作と確信している。インターネットの描写は先駆的だったし、ネットの接続に四苦八苦する主人公たち、そしてスピーディーなバトルには大興奮だった。

で、今やインターネットは持ってて当たり前の時代。携帯電話が21世紀のスイスアーミーナイフ例えられる今ならリメイクのタイミングとしては完璧だった。

テーマは「団結」や「家族愛」といった所か?ネット社会でコミュニケーションの低下が叫ばれているが、ネット自体は肯定的に描いて、このテーマを維持した事は特筆に価する。解決法を現実で見つけすぎという、評価もあるが、大事件はネット内部で起こっている以上、ヒントを現実で得る事は問題は無い。

キャラクターは主人公が数学の天才である事以外少々、無難すぎるが、“普通の一家の家族愛”という事なのでこんなもんか。ただし、ヒロインが全くに印象に残らない。ラストでケモノのアバターで緋牡丹博徒をするが、その頃にはもうお前誰だっけ?状態。
まぁ、そりゃこんな喧しい一家ならインターネットあっても無くてもコミュニケーションの低下は起こらねぇよ!

しかし、大家族たちはかなりのエリートか名職人集団。不景気な時代を反映した普通の家族というよりは、完全に理想の大家族。普通じゃないよね。
おばあちゃんも、パソコンが解らんからアナログ方面で対抗するんだが、実はおばあちゃん、日本のフィクサーで、政界のお偉方に渇を入れる。

そんな影響力でネットとアナログを対比させるよりも、公務に携わる家族たちに応援するのでも十分だったと思うのだが・・・・・・
しかし、基本的には見ていて楽しい一家だ。愛に溢れている。


しかし、インターネット世界の設定は明らかに雑だった。
「OZ」という世界的な巨大なサイトを舞台としているが、その巨大さはもう普通にインターネット空間に置き換えても問題なかった。なぜなら、OZを運営してる会社などの描写は皆無であり、まるで不要な設定なのである。正味、冒頭の解説以降全く掘り下げられない

で、米軍がよりにもよって、コンピューターウイルス(正確には最新型のAI)をその大サイトにばら撒く訳。コンピューターウイルスの攻撃力を調べる為にだ。なんで自分の国の人間も大勢参加してるサイトにんなもんぶち込むんだよ!
米国が事実を闇に葬るためにOZを破壊したら幾分現実的だが、少々ブラック過ぎる。こんな映画には求めていない。

だから、整理して考えてみれば、OZは元々、米軍が開発したサイバーテロの演習地だったという設定にでもしておけば良かった。そうすれば、超巨大サイトでも、そこにAI兵器が入ってきても問題無い。実は、AIの作者は一家の一人で(こんな使い方されるとはしらず)終盤、有利に事を運べたのだが、過去のウイルスの集合体を吸収し手の付けられない状態だったら、後述のスペクタクルももう少し緊張感があったと思う

また、このAIはゲーム感覚でOZと世界を混乱させているとされているが、やることが少々、合理的過ぎる。ラストで原発に向けて無人探査船を落とそうというスペクタクがあるが、もし、無人探査船を最初から陣内家に落とそうとしていたら、“対戦相手”に絞られたゲーム感覚悪役として強烈だ。一つの家を破壊するためだけに無人探査船を落とそうとするという豪華絢爛作戦には狂気さえ垣間見えたろう。そんで原発なんて話を無理に大きくする必要も無い。

既にインフラ・交通の一部が大混乱で、そのせいで、お婆さんの治療も遅れて亡くなっている。
だから、最後のスペクタクルは後付けにしても雑すぎるし、本作では核爆発なんてブッラクな事が絶対起こらないファミリー映画という事を、ここまでの流れで解っている。なので緊張感に欠けた。


あと、この映画の真のヒロインはカズマきゅん

2009年11月14日土曜日

クール・ワールド

@カルト的要素を備えつつも凡作。92年の時点で“萌え”を否定した狂気の予言録

1945年、大戦から帰還したフランク(ブラッド・ピット)は交通事故で母を失い、自身もアニメの世界にワープしてしまう(以後、母親の死と1945年は本筋に関わらない)
そして92年、ジャック(ガブリエル・バーン)は獄中にて「クール・ワールド」というディストピアコミックを執筆し、 カルト的な地位を得ていた。(しかし、5分ぐらいして出所する。罪状は本編で1度触れられるだけでやっぱり本筋に関わらない)
しかし、彼は出所前から「クール・ワールド」の世界に引き込まれるようになっていた。そして、いよいよ、夢ではなく実際に「クール・ワールド」を行き来していると悟ったジャック。
自身の創作した魔性の美女ホリーに萌えているところに「漫画と人間がセックスすると漫画が人間になっちまう!」とこの世界の住人と化していたフランクが忠告を加える。
しかし、ホリーは現実世界に執拗な憧れをいだきジャックはやがて誘われるがまま・・・

レビューしてみるとひたすら、ややこしい作品である。
安っぽいアニメと実写の混合、行き当たりばったりで余計な設定が多く説明不足で洗練されていないストーリー、豪華俳優陣、あまりにシニカルでゲテモノと形容できるアニメキャラ、などもはや挙句に果てが無い。
問題なのはこれらが、噛み合ってすらいない内に強烈な個性を発散させるに到る。

ブラピに到っては「俺はいったい何の映画に出ているんだろう?」というストレスが表情に常ににじみ出てしまっている。アニメは後で合成されるため、撮影中は常に不安だったのか。
そもそも役柄が1945年に不慮の事故でアニメ世界の刑事になってしまった童貞の帰還兵だ。こんなわけのわからない役はない。一応、戸惑う主人公にアニメの世界のルールを解説する役になるが、彼の説明といえば

「漫画と人間がセックスすると漫画が人間になっちまう!」
そのりくつはおかしい。
「ペンは危険だ!吸い込まれてしまう!」
ペンで武器を描くとう発想は無かった、インクがペンの中に吸い込まれるのだ。しかし、吸い込まれるだけで後で普通に出てくる事が可能。ブラピは何を慌てているのだろうか?
「火炎電球を奪わせるな。」
火炎電球、どう聞いても英語では「アニメと現実の境目を塞ぐ“スパイク(栓)”」と聞こえるのだが、この謎の翻訳により意味不明なものとなっている。

観客が知りたい「1945年当時から存在するアニメの世界をどうやってガブリエル・バーンが獄中で再現できたの?」
この点は「お前がこの漫画を作ったと思うな!」のセリフで一蹴し作中で一切触れなくなる。

彼はラストで、現実世界で童貞のまま息を引き取ったブラピがアニメとして転生し、アニメの世界で筆下ろしをする。吹き替えをするブラピの声は妙に元気溌剌であり、ヤケクソの境地に達したものと思われる。

しかし、かように不安定なブラピ、なぜかカッコいい。男の目から見ても妙にカッコよく、主人公を演じるガブリエルは二次元の美少女(しかも自分の創作)に翻弄されるピエロとなっている。

ホリーはエロイ。「ロジャーラビット」のジェシカラビットの極端すぎるセクシーラインをバランスよく整えて露出度アップして色情狂にしてせっせっせよりも過激な事をしてくれるのである。
だが、問題が二つ有る。
一つは上記の通り本作の漫画キャラは人間とセックスすると人間になる。
で、人間になったホリーを演じるのは

キム・ベイジンガーさんじゅうきゅうさいなのだ。
キム・ベイジンガー三十九歳なのだ。
キム・ベイジンガー39歳なのだ。


キム・ベイシンガー美人だけどさ・・・・・・さすがに老けて見える。
ホリーは多分20代だ、もし仮に29歳だとしよう、これは20代、もしくは30代と形容できる。
しかし、39歳は40代としか形容できないのが男の掟なのだ。これを破ると死ぬのだ。
つまりキムは20代のエロエロなビッチを、40歳にもなって演じている事になる。頼むから仕事えらべよ!
いつまでジャック・ニコルソンみたいな面した究極のキチガイピエロに至高のキチガイ求愛をされる美女の地位にいてるつもりなのかと。

もう一つ。彼女は“現実”に妙に執着する。
なんというか、このリアルに執着する二次元嫁とそれに追従する空想好きの主人公の図が、男性の女性に対して潜在的に恐れている事を顕著に示している気がしてならない。

2ちゃんねるでよく「これはただの絵だ。」とか「それは人間をタンパク質だ言ってるのと同じなわけよ。」と言われる昨今だが、本作の場合は「おいおい、それは女だぜ?」と根源的かつシンプルな回答を92年の時点で述べている。
「萌え萌えしてる相手って所詮女じゃん」っていう絶望的(?)なテーマが主題となっている。

しかし、物語はブラビといいマッチョなアメコミヒーロとなったガブリエルといい“現実”の否定で締めくくられるのだ。

「どんな美人でも女なんてめんどくせーよ!アニメ見ようぜ!アニメ!」
どんだけ狂ってるんだよ!

萌えキャラどもに無防備すぎるアキバ系の兄ちゃんたちに必要なのは、ホリーのような女の嫌な所に特化したエロい姉ちゃんなのかもしれない。うん。

2009年9月26日土曜日

コードギアス 反逆のルルーシュR2

@サンライズは一刻一秒でも早く本作を公式に黒歴史と称して、どんな低予算低作画でも構わないから3話程度のOVAを予定しつつ1話で打ち切りという忌々しき目に会い、そちらを正史にするべき
@大駄作

前作『コードギアス:反逆のルルーシュ』に関してはいい加減な愚文を残しているので、先にこちらを作り直すべきなのかも知れないのだが、この『R2』への落胆の意を表さない限りそれはできない。 昔のブログで、『R2』のレビューは毎週書いていたが、後半でそれを中断させてしまう程の下らなさだ。
放送終了からこの1年間、この大駄作とようやく向き合い、ケリをつけられる。
はっきり言って『コードギアス』第一作は名作とは言えずとも2000年台を代表する傑作と言って過言ではない。第一作のラストで終わらせていても完璧に近い仕上がりであった。理想的なバッドエンドと言える。問題だったのは、この大駄作たるの為に余計な伏線を残していた事だ。そこまで上手く閉めた作品に伏線残してまで作られた『R2』は、第一作の功績を完膚なきまでに潰してしまっている。

1・ 完成された悪の活躍を放棄
主人公のルルーシュ、一期放映中こそ「『デスノート』の夜神月をヘタレにした感じ」として人気を博し、劇中でも「頭でっかちの童貞坊や」と嘲笑され、「シスコン」形容される妹への執着に顕著だ。彼のシスコンぶりは、所謂「妹萌」による近親相姦的な物として認知されているが、どちらかというと『スカーフェイス』のトニー・モンタナのソレに近い。「俺は親父よりマシだ。」という、ある種のコンプレックスの裏返しなのである。トニーと違う点といえば、妹にその点が見抜かれていない事と、環境に恵まれた身体障害者ゆえにこの妹がいつまでも幼いままなのだ。
しかし、ラスト3話で主人公のルルーシュが完全無欠の悪の権化と化す驚きがあった。
それが堕落なのか、はたまた逸脱なのかは解らないが、このコードギアスという物語がルルーシュの悪の花道を描くと言うのならば、一段の目標を見事にクリアしてる。『デスノート』はそこを疎かにしてしまっており、「本当の悪は自身が悪である事を自覚していない」という先入観ありきになってしまっていた。確かに、「価値観の異なる存在」というのは最大の脅威となる、しかし、スラムキングやジョーカー、柿崎憲等といった自身を悪と認識している“絶対悪”は存在しているし、彼らの凶行の数々は語り草となっている。その多くは、到底「価値観の差」では埋め合わせできない残虐非道。その点ではルルーシュは彼らに近い、
私はこのラスト三話にて魔王と化す主人公の秀逸な展開、描写でこのコードギアスというアニメが傑作であると確信した、というかこのラスト3話が無ければ此処まで褒めていない。(実はこのラスト3話の前には『ナディア島編』よりも酷い中だるみが続いている)
ルルーシュは此処でようやく、夜神月では成し遂げられなかった歴代の悪党たちと肩を並べるに到るのである。
しかし、それでも彼のアキレス腱である妹ナナリーが捕らわれ、戦場から離脱したルルーシュは、旧友スザクに魔王となった自身を完全否定され銃口を向け合うと、虚しく銃声が響いた。
で、「R2」になるのだが……
冒頭からルルーシュは記憶が消されており、記憶を取り戻し、再びブリタニアに挑戦するのだが、一期ラスト3話における魔王としての才覚が記憶と共に戻る事は永遠に無かった。R2は終始、「頭でっかちの童貞坊や奮闘記」が繰り広げられ、挙句の果てに一期においては魔王の嘲笑するべき綺麗事をのたまう始末。
続編で描くべきは魔王と化したルルーシュの覇道ではないか?
どうしても「主人公は実は可哀想な奴なの!」と乙女ロード行くにしても、前作と同じような事で泣き言抜かす主人公ではなく、別の事で嘆き悲しむ主人公でなくてはならない。
いや、綺麗事が悪いとは言わない。かつての梟雄・魔王が名君主・英雄として蘇生する物語だとすればそれで良し。だが『R2』には改心などという描写や、テーマが打ち出されている所は一切無かった。

2・無意味なスーパーロボット化
第一作からナイトメアフレームという、ロボットが登場している。これがよくダサイと後ろ指差されているがソレが良い。こいつらの造形は実に形容しやすく、近代型戦車に手足ポン付けしたようなロボットだ。しかも脱出用コンテナに胴体が殆ど占拠されていて物凄くブサイクなのだ。そこが最高だ。量産機の故にか、ここまで“リアル風”にデザインした潔さに敬意を感じるし、正直シブイ。これが画面所狭しと、潰し合いを繰り広げる。例えるなら「ザクとザクがガチバトル(ククルス・ドアン除く)」最高だ!
メインキャラの専用機はコレに無理矢理デコーレションを加えて空飛んだりして壊滅的にダサイのだが。で、『R2』ですよ。
序盤はともかくとして、この量産機にも飛行ユニットを搭載することが主流となってしまい、一期に頃にあった『野望の王国』的な戦略が展開されなくなる。かといって、ソレを穴埋めする空中戦というものは非常に乏しく、上記のメインキャラ専用機の射撃の的と化す。なにも面白くない。


3・曖昧な敵ブリタニア
これは第一作の頃からの欠点である。本作は、仮想歴史としてアメリカは独立に失敗。大陸にはブリタニアという軍事主義の専制君主国家が存在しており、これが世界の三分の一を植民地としている。
その凶暴性を露呈していた存在が若本規夫氏演じるルルーシュの実父、シャルル皇帝であった。登場早々、彼は民主主義の一切を否定し、暴力の一切を肯定する人格破綻者の演説を披露。作中からブリタニアは狂っているという事だけが漠然と巨然と伝わってきた。そして無差別だが計画的に植民地を拡大する軍事侵略国家として描かれる事となる。ただ、国家としての描写はなんというか浅いものだった。ブリタニアの腐敗した軍閥や封建制度なども非常に端的で、意味を成していない。
で『R2』ですよ。
物語中盤から終盤手前にかけて暴力の権化の如く立ちはだかっていた皇帝が、実は平和を望んで人類補完計画のような物を成功させる事こそが最大の目的であると、主人公ルルーシュに語られた。
はっきり言って「はぁ?」である。上記の文章、読んでも意味がわからないと思う。俺は何度本編を見直してもこう表現しかできない。全くもって意味不明なのである。この突如発生した意味不明イベントは、視聴者を置いてけぼりに展開される。
この人類補完計画的な何かを差し置いても、「実は平和を望む世界最強国家の最強な皇帝は嫌々、狂人演説と一方的侵略を行っていた」っと、意味不明である。
更に問題なのは、この人類補完計画的な何か、実現するために、他国へ侵略する必要が全く無い。
一体なんだったのかまるで判らない。本気で意味がわからない。
もう筆者は本件についてこれ以上の執筆を放棄する。9月から執筆をはじめ、一ヶ月以上この項で筆が狂い始め何度も書き直した。

とにかく、一期の頃で描写の浅さが目立った敵である侵略国家が、意味不明なオカルトじみた計画を世界平和の為にこそこそがんばっていた事が発覚。ただし、侵略は計画に一切関係ない。
という曖昧すぎる描写に俺が怒っている事だけは伝わればいい。本件によって一期から培われた物語が頓挫するに到る。

4・サンライズ版、『野望の王国』になりきれず主人公自殺END
『R2』は第一作で描かれていたルルーシュというキャラクターからは、おおよそ考えられない、主人公の自殺にて物語が締めくくられる。その内容というのは、世界を独裁政治で支配したことで全ての憎しみを向けられた存在となった自分を、ゼロという「救世主」に扮したスザクに討たせることで憎しみを断ち切るというもの。オレが思うにこんな計画は成功しない。日本レベルだけで考えても、マスコミの言うままに鳩山を神輿に上げた大衆といい、「俺たちの麻生!」と政治家を疑わないオタク層といい、世の中には、権威という物にどうしようもなく弱く、彼らの前では思考を停止してしまう人が沢山いる。ともなれば、ルルーシュの死=権威の喪失を憂う者たちとの新たな戦いの火種にしかならないのだ。

少なくとも、第一期のルルーシュならば、こんな考えは嘲笑の対象だし、なによる自分がまるで可哀想な奴みたいで絶対にやらない。『R2』作中でもさしたる改心の描写などなく唐突に自殺する。
コードギアス一期が、ロボットや仮想歴史が横行するような世界観であるにも関わらず、このような夢想事が入る隙が無いほど殺伐として荒んだ『野望の王国』状態を見事に描いていた。しかし、結末で人類全員が世間の問題や憎しみをルルーシュ自身に向けるなど、生善説に根性&精神論の作品になってしまっている。
と、主人公ルルーシュを中心に、本作の破綻ぶりを示したが、脇を固める登場人物全員にも同じく設定破綻に行動の矛盾が生じており、もはや列挙しきれない。大きなものを上げると・・・
作中最大のライバルのスザクにしても、立ち回りがいい加減で、裏切るタイミングや、立ち回りが悪く、主人公に対してのさしたる脅威となっていない。ルルーシュの日本人を寄せ集めた私兵、黒の騎士団にしても、終盤で敵であるブリタニアと手を結ぶなどは、一期における日本人の冷遇描写を考慮するに本作の世界観までもが大いに揺らいでいる。

また、破綻というほどではないが、ジュレミアという登場人物がおり、前作でルルーシュに貶められ絶命するが、左右非対称サイボーグの復讐鬼と化して復活を開始する。だが、あっさりルルーシュの仲間になってしまい、その調理を間違っている。

私はかつて、終盤の予算的なクオリティ低下を遺憾に思うゆえに「エヴァンゲリオン」を最低のアニメと評したが、本作は予定調和で製作されていたにも関わらず、列挙しきれない破綻を膨大に生み出し、近年、キャラクターの造型が重視されるゆえに作画にばかりアニメの評価が傾いているが、ストーリーにおいて本作に劣る駄作は恐らく向こう10年登場しないだろう。「エヴァ」と「R2」は世間的に傑作であっても私にとっては10年に一度の大駄作たちである。

2009年6月27日土曜日

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

@エヴァファンにはどうぞオススメ。良くも悪くもその程度。

*完全ネタバレ

良くない点は、観客がTVシリーズを見ている事を前提としてリメイクしている。
でも、「リメイクでも続編でもない。」って、序の頃から言ってるんだよな……なんて卑怯な庵野だ!


序は結局、「エヴァは最初は面白かったんだけどなー。」という事を再認識させれれた。
TVシリーズの1~6話の名シーンをぶつ切りにして、CGを盛り込んだのと、微々たる設定変更が盛り込まれただけだった。
わざわざリメイクする必要はあったのか?
しかし「リメイクではなく~」という言葉で茶を濁された。
多分、劇場版を3部作作る為に予算増やしたかったのだろう。

で、今回は、ほぼ全篇新規カットによって製作された。 そして新たな展開を盛り込むと謳っていたが、嘘八苦。
たしかに、新しいシーンや、解釈の異なったシーンは追加された、だが荒筋はTV版に追従する形になっている。

だが、今回の変更点は、TVシリーズにおける反省点を見直し、徹底してストーリーを再編成する物となっている。
まず第一に挙げる変更点はアスカの早期退場である。トウジではなくアスカが参号機の犠牲となった。

TVシリーズを観て、中盤で不安を覚えた描写といえば、参号機の餌食になったトウジが後のエピソードに殆ど絡まなくなった事。アスカの扱いを持て余してしまった事。

なんの為にトウジやられたんだ?っていうかトウジだった必要性は?
アスカ天才だったんじゃねーのか?竜頭蛇尾なの?死ぬの?
この変更はすなわち、TVシリーズの失敗を認めたような物だが、 尺はすっきり収まるし、悩みの種も一気に解消。今回のリメイクに大きな意義を見出した。

追加されたシーンは、ゼルエル戦で綾波までもが犠牲となり、アスカの二の舞は御免だと、シンジ君が半ば自力で、暴走モードに突入し、初号機を開放。あまつさえ、綾波を助け出すという大胆なシーンだ。

ここでは、綾波と初号機が人類補完計画の発動の要で有る事を明確に示している、すなわち、旧劇場版の描写に追従した作りとなってるのも好印象。
TV版では、十九話終盤での意味深な会話の割に、終盤の出来が出来だけに、いざ、初号機は戦わないわ、世界中赤い海になるわでは、落胆も大きかった。転じて今回はメチャ解りやすい。

ただ、TVシリーズ中期の展開をごっそり引っこ抜いて、7~19話までを90分で補完してしまったのは急ぎすぎた。なんだかんだで、使途との戦いが激しさを増していた時期だったしJAではしゃぐほーちゅうがいなくなったのは大ショックだ。脳内補完が必要なのは仕方が無いか。
また、使途との戦いも、あれこれ策を弄じて使途を殲滅するTV版の良さには敵っていない。

新キャラの真希波・マリ・イラストリアスについても言及しよう。彼女は、冒頭と終盤にて活躍する。
シンジ君が「男の戦い」繰り広げるのは、ゼルエルから二号機ごと逃げ延びた彼女は、危険地区となったシェルターから半ば強引に助け出した事で、シンジ君が市街とドグマの惨状、そしてゼルエルに綾波が倒されてしまうのを目の当たりにして戦意を取り戻すのである。

そのキャラクターはまず、戦闘狂。冒頭の使途との戦闘でエヴァンゲリオン伍号機を相打ちに破棄さしてしまうのだが、戦闘を存分に楽しんだ様子で、「思ったよりもきつかったな~。でも生きてりゃいいか。」と、どこのヤザン・ゲーブルだお前。あと、不思議ちゃん。まあ、その辺は面倒だから観たほうが早い。

他は、全体的には90分に収める為か、綾波とアスカがシンジに対して明確な好意を向けてるシーンが散在された。ラブコメパートはこんな程度で十分だろう。どっかの馬鹿がシンジの最低条件さえ満たしていない漫画も描いてる事だし。

大きな欠点はアスカ死亡シーンと、綾波救出シーンに流れるBGM、卒業式の定番たち。
「娯楽アニメに過ぎないエヴァンゲリオンを人生の教科書してしまった奴らは学校にいい思い出無いだろ。」という監督の捻くれた感性は蛇足だった。TV版のほうが圧倒的にカッコいいんだもん。

でも、ファンは絶対に観に行ってほしいね。序とは違って、今回のリメイクは有意義な者であったよ。
でも、一本の映画としても、序の続編としても穴が多すぎる。序、のあとコレ観ただけじゃSF設定と美少女の半裸を盛り込んだだけの陳腐な作品だ。「トップをねらえ!」の第一巻と同じぐらい。

2008年9月18日木曜日

コードギアス 反逆のルルーシュ

@超破壊的娯楽傑作。

『デスノート』や『アクメツ』といったアンチヒーロー、ピカレスク物が評価を受ける2000年初頭今日。
ピカレスク物に殆ど手を出した事がなかったサンライズが、インフレロボットアニメとチート能力漫画と学園ものSFなどなど、“妄総力”を結集し、「中二病って言う奴は死ね!降伏すら許さん死ね!」ってぐらいのモチベーションでやりたい放題超ノリノリで制作したであろう怪力作。

主人公ルールーシュはギアスという超能力を授かり、母の仇と妹の安全を確保すべく、父が統べる
世界最大の軍事帝国に凶悪テロリスト、ゼロを名乗って挑戦を挑む。


記憶操作系能力という“少年漫画史上もっとも最高クラスのボス悪役が使用した能力”を駆使して能力バトルではなく、常人に使ってやりたい放題、反乱の策謀術に使用という、ロボットアニメの主人公にあるまじき一線を画し過ぎた外道っぷり。


しかし主人公の旧友、枢木スザクが“素晴らしい正統派主人公”ぶりで軍隊のエースとして彼の前に立ちはだかる。

凶悪テロリス・ゼロという正体を隠す主人公ルルーシュと友人とのやり取りをしつこく、あざとく描いてるので逆に半ばギャグと化している。それでいて、学園もの手法でキャラクターを全員立てたのは正解だった。

それ以外は柿崎憲の代わりにロボットと美少女が出てくる『野望の王国』。“山ごと敵を生き埋めにしたり”“ビルごと敵を爆破したり”“特に意味も無く虐殺したり”登場人物全員がやたら破壊嗜好が高い。さらに終盤4話は超展開で破壊・殺戮・外道のオンパレード。ギャグ担当の一発屋が左右非対称キャラで復活して素敵な機体で逆襲。なんだかんだでゼロが魔王宣言。笑ってるよ、笑ってるよ。前線でインフレ機体使って虐殺しまくって女はべらかして笑ってるよ。

しかし、妹が拉致られて全てを放棄して「お兄ちゃんが助けにいくよーん!」。

お前はそれでいいのか?

最終回、旧友と銃を向け合い。

「俺とお前で出来ない事なんて無かったじゃないか!」

・・・えー中盤に「ゆくか!修羅のみちを!」とルルーシュに叫ぶ老人が現れるのだが、付箋回収諦めて“破壊描写に専念”、積み重なった24話分が音を立てて崩壊、混沌の中で“本当に『修羅がゆく』の最終回みたいな構図で終わる。”(「ゲドーが!」⇒首チョンパのVシネじゃ無い方。原作劇画の方。)

などと、悪ふざけが入る余地こそあれど、屈指の傑作アニメである。
何より熱い。


R2は見なくて良い


お勧め

『野望の王国』・・・っていうか本作の元ネタ。しかし柿崎憲があらゆる意味で放送禁止コード引っかかるから多分映像化不可能。

↓、柿崎憲

新世紀エヴァンゲリオン

@世紀末の大駄作

「多々多くの芸能人が本作のファンを公言しては賞賛する機会が増えてきておるわけだがこれはGAINAXの陰謀だ!

『新世紀エヴァンゲリオ』を知れば嫌エヴァになるのは当然!

アニメ産業によって日本経済を支えるオタクはネットに触れる機会が多いからあるから真実を知ってエヴァを嫌いになるんですよ。」
などという糞レスによって2chで真に忌み嫌われるべき作品である。


私が嫌いな作品というのは全て“惜しい”と行き場の無い苛立ちを感じさせる作品ある。
エヴァはそれ“そのもの”に該当する。
物語導入から中盤にかけての異常なテンションで進むストーリーと煽るような構成、複線の張り方。見事な戦闘シーンにそんなアグレッシブな内容と対照的に内気で物静かな主人公碇シンジ。キャラクターの魅力を引き出す脚本。名作アニメは我にありと言わんばかりの抜群の面白さを誇っている。

しかし物語中盤以降、ストーリーが全く展開せず登場人物の内面に異常なまでにスポットを当てて閉塞した展開に。主要登場人物の“不自然なまでに悲惨の過去”が描かれるが今後のストーリーに殆ど関係の無い描写で、覗きの趣味が無い多くの視聴者にとって意味は無い。
思春期の悩みなど中学生日記にやらせておけば良いだろう。
物語と主人公の対比が無くなって、物語が主人公に合わせて閉塞してしまうという前代未聞のこの珍事。


半年しかない放送枠で何をやってるんだと問いたい。結局、人類補完計画と登場人物の絡みは殆ど皆無に等しく、本筋の流れぶち切って突然の人類全滅という前半の濃度からは考えられない薄っぺらでやる気の無い展開だった。

エヴァンゲリオンをタイトルに上げる本作が描くべきは、ロボットとの戦闘と主人公の成長でサービスサービスすべきであり、主人公の初めての内面的な成長で終わらせるべきではないはずだ。


監督がなに考えてるか分からん、公私混同はするなとは言わないが、“実家のオカンのように生理痛で機嫌を悪くする中学生のヒロイン”は公を捨てて描くほどのもではないぞ?

まあ、此処までネット右翼のヘイトスピーチのように聞き苦しい大批判であるのだが、
安宿で1時間もパイプ椅子に座って、パイプ椅子に座ってる未熟な中学生の愚痴を聞かされれば
腹もたつってもんだ。

碇シンジ悪影響計画

【ニコニコ動画】碇シンジ悪影響計画・月曜日

エヴァの前半に捧ぐ。
後半を馬鹿にする。
【ニコニコ動画】碇シンジ悪影響計画