2010年1月19日火曜日

日本製少年

@金字塔的名作 ハイセンス過ぎるあまり埋もれてしまったのが残念無念

*ネタバレ

バブル崩壊後の日本という者にもっとも絶望したのは大人たちではない。むしろ若い世代であった。
少なくとも、大人はバブルの加護に触れることはできたが、新成人や青少年はその加護を受ける事は無い。
それは、親が得ていた物を自分が貰うことは無いという単なるエゴであるが。大小あれど、誰にだってこの矮小な感情を抱いてしまっていた。

そこで世間を逆恨みしてダラダラ作られたのが『オールナイトロング』という駄作である。
そしてエゴを認めつつもガムシャラに作られたのが本作である。
エゴを受け入れている者の方が狂っている事を嫌というほど見せ付けてくれるし、その器量がある者は映画にリアリティーを与える事もできる。

しかし、この映画はR-指定の扱いを受けているが、暴力描写に関しては劇中で1分も存在しない 性描写も3分もなく変態的でもなく過激ではない。
なにが不味かったのは言うまでも無く、少年少女のディストピア・東京のリアルさと、大沢樹生演じる大和の不健全な性格の偏りだ。それは廃頽のように上品な物ではない。ただ単に不摂生で、道を踏み外したのでグズグズと立ち止まってる。

大和は喧嘩の末、父親を殺しかけてしまい、家出をしたものの、やりたい事も無く定職にありつけず、街を彷徨っていた。夜は、テレフォンセックスの相手に実際の殺人事件の顛末を語る虚無的な変態であった。

ある日、彼は町でティッシュ配りをする少女、が目に留まり、彼女にちょっかいを出す。
呆れながらも薫は、面白半分に彼を事務所とされるマンションに連れ込む。
そこで、日本語が明らかにおかしい女が、面白半分に二人に拳銃を手渡した
薫の雇い主はヤクザだったのだ。このヤクザは、事務所に戻ってくると物腰柔らく大和に言い寄り、彼に料理を振る舞い、職の無い大和にトルエンの売人をやらせる。

こんな所で働いている薫もまた、家出少女であったのだろう。
彼女は、大和が親を殺しかけたと話すと彼女は彼に興味を抱いた事から、経緯は明かされないが、親に対して恨みを持っているようでもある。

二人を叱る大人など、いない。
二人は時に欲望のままにお互いの体を弄び。時に寄り添い、時にふざけあい、恋に落ちていった。

薫は、心臓の病が原因でペースメーカーを埋め込んでいた。
彼女は「サイボーグ トシテ ウマレカワッタノダー」など、自嘲するが、大和は「嫌になったら、電池を抜けばいい」と、心無い言葉をかけて彼女の乳房をまさぐる。
そうしていって薫も「私が死んだら燃えないゴミの日に捨ててね」と、大和に告げる。

そんな、二人はお互いを慰め合うように、癒すように、仕事以外は常に共にいるようになっていった。
しかし、大和はトルエンの取引中に拉致され、そのはずみで、チンピラを拳銃で射殺してしまう。

二人は逃げ出した、ヤクザから、警察から。昼は寄り添い合って、夜は絡み合って、街を彷徨う。
やがて、大和の実家へとたどり着くが、両親は大和の帰りを待つことは無く転居していた。
電話でこそ母と話していた大和は、ここで初めて後悔に身を震わせた。

結局二人は、行く当てもなく街へと戻っていった。
そこでは、ヤクザが待ち構えていた。
ヤクザは「お前らの面倒は俺が見る、逃げる手配をする。」とまたも優しく言い寄るが、それは彼らのお陰で露呈した不法行為を全て、彼らに擦り付ける為だ。
大和はすぐにコレを見破りヤクザを射殺。

ヤクザの逆襲で傷ついた大和だったが、幸い命に別状なし。
完全にドン詰まった二人は海岸に寝そべって、ふざけあっていた。不安をごまかすように。

しかし、薫は笑顔で言う「君がトルエン売ってたあたりなら見つからないかな?」
「バーカ!」と大和。

しかし、言葉と感情とは裏腹に、薫はペースメーカーの電池切れで死んでしまう。
二人で慰めあう事はできても、支えあう為の土台となる場所など無いと、虚無の浜辺にて悟っていたかのようにだ。
今日、その浜辺で力尽きたが、彼女は悔いなど無かっただろう。死に場所を見出せたのだから。

大和は、はじめこそ彼女の死を受け入れられなかったが、やがて、薫の亡骸からペースメーカーをえぐり出すと、街から消えた。薫を空き缶のゴミ箱に詰めて。
しかし、ここでも薫の死顔は、微笑んでいるようにさえ見える。

ラストシーン。
映像が荒い、夜も深けた。
大和が、突然車を止めると、無意味に銃を構え出した。
そして彼は、不敵な笑みを見せている。それは薫に見せていた男の笑顔では既になかった。
大和は、無意味に車へと戻った。

ただ単に「死んだ→悲しい」とか「後味が悪い→何度も見たくが良い映画」といった趣きを逸脱してしまったこのエンディングに筆者涙した。 切なくて、切なくて。

大和は銃口を何処に向けてしまうのか?もしくは一生もう引き金を引くことは無いのか?
小生どちらとも、考えたくなかった。

主人公大和を演じる大沢樹生、ジャニーズとの確執は不明だが、当時干されていた時期だ。
アイドルから急転直下、救いの手さえ伸ばされない荒んだ青年を見事に演じきっている。

薫を演じるのはAV女優の嶋田加織。しかし、彼女は下手すると唯の色情狂の電波女になりかねない薫という役を、絶妙なさじ加減で少女として演じきっている。一体なぜAVに身を落としていたのか見当がつかない。
(最も、AVに出演でもしていなければ本作のようなロマンチックとは言い難い濡れ場を演じたとも思えない)
この不可解な女優は本作の完成直後、AV界から突如引退。まるで映画の薫と同様忽然と姿を消した。

また、登場は僅かだが、この二人を完全に食っているヤクザを演じるのが鈴木一功。
このヤクザだが、あまりのリアルさに開いた口がふさがらなかった。暴力をちらつかせながら優しく言い寄る姿などは、連中の常套手段。鈴木氏はヤクザに騙された事でもあるのか、異常過ぎるリアルさである。
もし、『新・仁義なき戦い3』が作られるのならば、山守ポジションは彼しかいないだろう。

また、本稿には書ききれないが、独特とも言えるセリフの妙。
タランティーノ作品以上に無意味な会話だが、本作の脚本は完全に彼よりも一枚上手を行っている。

また本作は、三池崇史の最高傑作『新・仁義の墓場』にも絶大な影響を与えている事は明白である。
大沢樹生の起用と、配役のモノローグを活用したナレーション、ラストの荒いフィルムの効果等は明らかに本作を意識した物である。他、『日本黒社会』においても、トルエンで世界征服を企む男を哀川翔に演じさせている。
小生、『新・仁義の墓場』のレビューを最初に載せた時、ラストのこのフィルム効果に「受けを狙いすぎて好きになれない」といった趣旨の文章を文末に付け加えていた。しかし、その違和感の正体を結局解らず、削除したが、この度確信を持てた。世界の三池崇史が、その最高傑作にて本作をパクッたのである。

しかし、監督・脚本の 及川中 氏。本作以外まともな作品を撮っていない。

0 件のコメント: